天に見えるは、月
「くっついちゃダメだった……?」
「……あぁ、ダメじゃねーけど」
香凛は目の前のかったるそうな顔を視界から消した。以前はどちらかと言えば向こうからくっついてきていたのに。そう思うとなおさら心が冷え込む。
仕方なく、香凛は布団を引き寄せてその中にくるまった。
経理課の和泉 勇作(いずみ ゆうさく)と付き合い始めてからもうすぐ八か月になる。会社の人達には、付き合っていることは内緒にしていた。もちろん、実夏にも。
同じフロアだし仕事がやりにくくなるからと勇作が言い出したことだったけれど、今考えれば彼には違う意図もあったかもしれないと思う。
そもそも、勇作に対する女性達の評判はあまりいいものではなかった。ちょっとばかり顔がいいからと調子に乗って、手当たり次第女を口説いているとかなんとか。
実夏からその話を聞いて警戒していた筈なのに、高校時代から付き合っていた男性と遠距離恋愛がうまくいかなくなって別れたばかりだったということもあって、うっかり誘いに乗ってしまった。
勇作はテレビのリモコンを手にして、行為の最中流していたAV映像から違う番組に変えようとザッピングしている。ふと彼の手が止まると、画面に映し出されたのは侍の姿。
「うわー『必殺仕事人』だろこれ。懐かしいな」
勇作はリモコンを置き、代わりにテーブルに置いていたビールを手にすると、少ししか入っていなかったのかそれを一気に飲み干している。彼は缶をぐしゃりとつぶしながら香凛のほうへ振り返った。