初恋ブレッド
「まぁ、こんな感じで俺も若かったというか……」

濁していた佐川専務との色々を簡単に説明する俺に、黙って頷きながら相槌を打つ美琴。
頬を染めたまま食い入るように見つめられて、気まずいことこの上ない。
こんな格好悪い話、バレずに済めばとは思ったんだけど。
それが間違いだったわけだし甘んじる。

「俺がちゃんと佐川専務に話をつけとくべきだった。大介から凄く気にしてたって聞いてさ。ごめんな」
「そんな、司さんのせいじゃないです。……良かった、私、嫌われるかもって」

たくさん泣いて悩んでいたのだろうか。
辛い思いをさせてしまった。
気の抜けた美琴の少し疲れて虚ろな瞳が、あの時とかぶる。
嫌うわけないだろと、ずっと火照ったままの頬を撫でれば、力なく微笑んだ。

「さっきまでは会うのが怖かったけど、司さんを見るとやっぱり安心します」
「え……」
「私、司さんが大好きです」
「……」

不安気な顔から一変。
まるで幸せが膨らんで緩みきった表情に煽られて、吸い寄せられるように、包んで優しいキスをする。
夢見心地の彼女は少し驚き、ゆっくりと瞼を下ろした。



「あっ」

やがて唇が距離を持つと同時に美琴は小さな声を上げる。

「どうした?」
「……似ている夢を、見たことがあって」
「夢?」
「熱が出て司さんが送ってくれた時なんですけど、今みたいに……」

そう言って照れたようにはにかみながら、とろんとした瞳を潤している。
リアルだと知ったら怒るかもしれない。
俺を信用する美琴に対して、大変居心地が悪くなってきて。
恥ずかしさに髪を掻き上げながら謝った。

「……あー、ごめん。それは夢じゃない」

よりによってこのタイミングで、同じ瞬間を思い出していたとは。
良い人じゃないと言ってきたけど、きっとこいつが抱く俺はまだ良い人だったはず。

「……怒ってイイヨ」
「え。わたっ、私、司さんがいてくれたから幸せな夢を見たのかと思ってました!」
「……は?」
「だって、好きって気づいたばかりだったから嬉しくて。目が覚めてもいてくれたからもう大好きになっちゃって!」
「……なっ」
「その時、司さんに似合う素敵な女性になりたいって思ったんです!」

何やらずっと素敵な女性を目指していた彼女は、俺のためだったらしい。
のほほんと嬉しそうに笑う姿が可愛くてドキッとする。
……手遅れになる前に帰ろうかな。

「こんな気持ち、初めてです」
「…………お前な」

よく聞くキュンって、これか?
んなこと真っ直ぐに上目使いで言われたら困るんだけど。

「……タイム。俺、マジでお前が思うような良い人じゃないから。これ以上煽らないで」
「?」
「俺にも、限界はあるんだからね?」
「え?」

なんだこの羞恥心は。
惚けた美琴の髪をわしゃわしゃと掻き回し、頰をむにむに引っ張ってから帰るために立ち上がった。


彼女が言う俺への『大好き』は、いつも自信に満ち溢れている。
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