初恋ブレッド
「素敵な彼女だね」
「そうですね。一生懸命すぎて捕まえとくのが大変なんですけど」
えっ!?
いるはずのなかった司さんの声がして、同時に突然後ろから肩を引き寄せられる。
驚いた時には、心地良い香りにもたれていた。
……司さんの、においだ。
「初めてこんなに振られまくったよー」
「改心しました?」
「まぁね。なんだか良い気分だ」
「余計なチョッカイ出してくれたみたいで、俺は胸くそ悪い次第ですよ」
「口説いていただけだよ」
「せめて常識の範囲で口説いてもらいたかったです」
「……常識の範囲なら口説いていいの?」
「専務に一般の常識があればの話ですが。どっちにしろ彼女は譲れないので、諦めてください」
笑顔が怖い司さんと挑発的な佐川専務。
ハラハラしながら二人を交互に追った。
やがて降参したかのように、わざとらしく肩をすぼめションボリした様を見せると、司さんは呆れた溜め息を吐いた。
行くぞと腕を引かれ背を向ければ、佐川専務の声が追いかけてくる。
「……そうそう宮内、昨日はお疲れ様だったね」
「いえ。対応が早かったので、先方も満足してくれました」
「それは良かったよ」
「テキトーに見えてしっかりしてますよね。さすが専務、根回し完璧じゃないですか」
「なんのことかな?」
「先方の新企画、是非うちと組みたいと仰ってました。次期社長にも期待しているそうです」
「……宮内の地味な努力の賜物だよ。君の図面をご指名だからね、細っかしく頑張ってくれたまえ」
「褒めてんのか貶してんのかわかんねー奴だな」
それはお互い様なんじゃ……、なんて絶対に言えない。
廊下を並んで歩きなから、ブツブツと文句を溢す司さんを見て、張りつめていた糸が切れた。
「本当は仲良しなんですね」
「……ないない」
素直じゃないなぁ。
眼鏡をかけ直しながらニヤニヤして覗き込み、前髪に隠れた彼の顔を見上げる。
「……なんか美琴、強くなったね」
「司さんのおかげですよ」
「は?」
「好きな人のためなら、なんでもできる気がします」
「……っ」
熱帯びた頬に手が伸びて、また摘まれるのかと思ったら、頬を通りすぎてカクンと視界が空を切り抱き締められた。
司さんから聞こえる柔らかな心音に安心を漏らす。
「一件落着で良かったです!」
「……」
不意に掬われた顎に、耳の奥で高鳴るドキドキをつのらせる。
あと数センチで触れそうなのに、司さんは「お預け」と、甘く囁き指先で蓋をした。
よくわからず潰された唇を尖らせる不機嫌な私に残された意味深な言葉。
「よく考えなさい?」
彼はポケットに片手を突っ込んで、スタスタと先を行ってしまう。
意味を聞けないまま、それでも目が合うとふわりと微笑んでくれる彼に翻弄されて、午後の仕事に勤しんだ。
「そうですね。一生懸命すぎて捕まえとくのが大変なんですけど」
えっ!?
いるはずのなかった司さんの声がして、同時に突然後ろから肩を引き寄せられる。
驚いた時には、心地良い香りにもたれていた。
……司さんの、においだ。
「初めてこんなに振られまくったよー」
「改心しました?」
「まぁね。なんだか良い気分だ」
「余計なチョッカイ出してくれたみたいで、俺は胸くそ悪い次第ですよ」
「口説いていただけだよ」
「せめて常識の範囲で口説いてもらいたかったです」
「……常識の範囲なら口説いていいの?」
「専務に一般の常識があればの話ですが。どっちにしろ彼女は譲れないので、諦めてください」
笑顔が怖い司さんと挑発的な佐川専務。
ハラハラしながら二人を交互に追った。
やがて降参したかのように、わざとらしく肩をすぼめションボリした様を見せると、司さんは呆れた溜め息を吐いた。
行くぞと腕を引かれ背を向ければ、佐川専務の声が追いかけてくる。
「……そうそう宮内、昨日はお疲れ様だったね」
「いえ。対応が早かったので、先方も満足してくれました」
「それは良かったよ」
「テキトーに見えてしっかりしてますよね。さすが専務、根回し完璧じゃないですか」
「なんのことかな?」
「先方の新企画、是非うちと組みたいと仰ってました。次期社長にも期待しているそうです」
「……宮内の地味な努力の賜物だよ。君の図面をご指名だからね、細っかしく頑張ってくれたまえ」
「褒めてんのか貶してんのかわかんねー奴だな」
それはお互い様なんじゃ……、なんて絶対に言えない。
廊下を並んで歩きなから、ブツブツと文句を溢す司さんを見て、張りつめていた糸が切れた。
「本当は仲良しなんですね」
「……ないない」
素直じゃないなぁ。
眼鏡をかけ直しながらニヤニヤして覗き込み、前髪に隠れた彼の顔を見上げる。
「……なんか美琴、強くなったね」
「司さんのおかげですよ」
「は?」
「好きな人のためなら、なんでもできる気がします」
「……っ」
熱帯びた頬に手が伸びて、また摘まれるのかと思ったら、頬を通りすぎてカクンと視界が空を切り抱き締められた。
司さんから聞こえる柔らかな心音に安心を漏らす。
「一件落着で良かったです!」
「……」
不意に掬われた顎に、耳の奥で高鳴るドキドキをつのらせる。
あと数センチで触れそうなのに、司さんは「お預け」と、甘く囁き指先で蓋をした。
よくわからず潰された唇を尖らせる不機嫌な私に残された意味深な言葉。
「よく考えなさい?」
彼はポケットに片手を突っ込んで、スタスタと先を行ってしまう。
意味を聞けないまま、それでも目が合うとふわりと微笑んでくれる彼に翻弄されて、午後の仕事に勤しんだ。