初恋ブレッド
ぐぅ。

お腹すいた……、喉乾いた……。


大分深い眠りだった気がする。
なんだか少しスッキリしたかも。
ゆっくりと目蓋を開けベッド脇の時計を見る。
まだ夜明け前、短針は3を指していた。

確か部長が何か買ってきてくれたはず。
それからちょっと話をしたような。
でもすぐに眠くなって……。
あれは、夢だよね。

きっと部長が側にいてくれたから、安心して幸せな夢を見れたんだ。
ベッドから起き上がると、テーブルに突っ伏して眠る部長がいた。

「宮内部長っ!?」

ずっといてくれたの……?
私の、ために?

「……ぶ、ちょ」

もう押さえ切れない。
押し込められないよ。
一緒にいるのも優しくされるのも辛くて、戻れなくなっていく。
本当は『美琴』と呼ばれるたびに、気づいてた。

「す、……っ」

好きって言える、私になりたい。
宮内部長に似合う、素敵な人になりたい。


「……部長、起きてください。こんなところで寝たら風邪ひきますよ」


力の抜けた右手に引っかかるボールペンをそっと外す。
寝言ではブツブツと数字を唱えたりしていて、どうやら設計をしているようだった。
プリントされた数枚の図面を下敷きに眠る、部長の肩をゆさゆさと揺らした。
夢の中ですら仕事をするほど忙しいのに、部長の時間を私のために割いてくれたことに思いをつのらせる。

「宮内部長っ」

耳元で声をかけるとビクリとして、目を瞑ったまま体を起こした。
眠たそうに欠伸を一つ。
私を見ると頬を染めて、バツの悪そうな顔をした。
……もしかしてっ!

「熱があるんじゃ……!?」
「え?」
「私のせいで部長もっ!どうしよう!?ごめんなさいっ」
「いや、熱なんてないよ」
「いいえ!だって顔が赤いです!」
「…………それは」
「今度は私が看病します!」
「はぁ?」
「まかせてください!」
「…………手取り足取り?」
「はいっ!」
「はぁ」

部長は溜め息とともに、ギラリと私を睨む。
顔色を見ようと覗き込んだ私の視界が九十度反転。
驚いて目を閉じて、再び開けた時には。

「わっ!」

なななななっ、なにっ!?
顔が、体が、近いです!
というかこの状態は、押し倒されるってやつ!

「大介が言った手取り足取りって、こーゆーこと」

……え?

「君には警戒心とか危機感とかないの?」
「っ!?」
「男をあんまり信用しすぎると痛い目見るよ」

指先が肌を妖しく這いながら、耳元で囁かれる甘いトーン。
身体中が高騰して涙が溢れそう。
瞼は眠そうに半分下りているのに、ニヤリと口角を上げる彼は妖艶。

「わかった?」

コクコクコクと首を縦に振りまくると開放され、いつもの宮内部長に戻る。

「ごめんね。怖かったでしょ」

私が首を横に振ると、部長は顔をひきつらせ頭を抱えていた。
だって、本当に怖くなかった。

私が床に頭をぶつけないように挟んでくれた、部長の掌に優しさを感じたから。
< 58 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop