初恋ブレッド
私の大声に一番驚いたのは、私。

もちろん皆驚いていたけれど。
シンと張りつめた空気の中。
私は確かに勇気を持っていて、あとは胸を張るだけだった。

「私、白坂先輩の作業を引き継いでやっていただけです」

眼鏡がないから、顔はもう隠せないし。
前を見て歩かないと、怒られちゃうから。

「っ、惚けないでよ!」
「本当ですよ。そんなことより急ぎの資料なんですよね?手伝います!」

そうして上を向けばほら、笑顔に。


白坂先輩が息を呑んで、また何か言いかけると同時にバンッとオフィスのドアが叩き開く。
ドスドスと足音を立てて入ってきたのは、佐々木先輩だった。

「田代さんがそんなことするわけねーじゃん!」
「じゃあ他に誰がやるのよ?」
「自分で消したんじゃねーの?」
「はぁ?浮気されてるのに庇うんですかぁ?」
「だから、そもそも付き合ってねーし。お前こそ司に言い寄ってんだろーが!」
「私は別にっ……」

佐々木先輩は私を庇うように立ち、二人は言い合いを始めてしまう。
止めようとする私の声なんて簡単にかき消された。
どうしようっ……、佐々木先輩まで巻き込んでしまうなんて。
これ以上迷惑になりたくない。
喉の奥で抑えていた涙が溢れそうになり、ぎゅっと目を閉じる。

「白々しいんだよ、お前は!」
「なっ、なによっ!佐々木先輩だって……っ」


「ストップ」


成す術もなく小さくなっていると、頭の上から聞き慣れた優しい声がした。
そっと目蓋を開ける私を真っ直ぐに見据える宮内部長。
佐々木先輩と白坂先輩の間にファイルを隔て、それだけで二人を牽制していた。

「田代は違うって言ってるんだから。まずは急ぎの資料をやり直すしかないだろ」

どちらに立つわけでもなく、淡々と語る口調に逆らえない。
なんだかその目が怖くて印象的だった。

「ほら解散。仕事しないなら帰れ~」

部長の一言で散らばり仕事へ戻る社員達。
大半は、結局何だったのかと首を傾げていた。


「これじゃ田代さんの思うつぼです!」
「……白坂はなにか言い分があるみたいだな?」
「私、田代さんに嫌がらせされてるんですよっ!」

白坂先輩は涙を拭いながら、部長に歩み寄った。
佐々木先輩や田代さんに邪魔されたくないので、と部長の手を引く。

「……二人だけで、話したいです」

白坂先輩に引かれ無言でついていく部長に唖然としたまま、私は時間が止まったかのように遠くなる背中を見つめた。
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