君の横顔
僕が何も答えないのに、先生はもう決まったことのように、どんどん話を進めていく。
「これからモデルを決めて描くんだとしたら、フェンスの中に入って近くから見て描けるように、野球部の監督さんにも頼んであげるし、ね」
「先生!」
大声で話を遮ると、長谷川先生は目を丸くして首を傾げた。
「悪いけど、ポスター原画には応募しません」
「どうして、大野くん。せっかく今まで描きためて来たのに…」
「僕、もう野球の絵を描くの、やめたんです。だから、すみませんけど、お断りします!」
ひと口しか飲まなかったコーヒーを残して、僕は美術室を後にした。
教室に走って戻った僕は、スケッチブックを手に、また教室を駆け出した。
スケッチブックの中に、たくさんしまいこんでいる友哉の横顔。
横顔だけじゃない。豪快なピッチングフォームも、走る姿も、味方のホームランに飛び上がって喜ぶ姿も……ずっと見つめてきた、たくさんの友哉がその中にあった。
でも……もう、忘れなきゃ。
スケッチブックの中の友哉を、じっと見つめていても、胸が痛くなるだけ。
もう描かない、もう見つめない、もう思い出さない。
……普通の友達…ただのクラスメイトなんだって、そう思い込むんだ。
校舎裏の焼却炉に辿りついた。
ゼイゼイいってる呼吸を必死で整えて、震える指でスケッチブックを開いた。
友哉の姿を描き留めた後半のページを、一枚破って焼却炉に入れようとした…その時。
「なにやってんだよ!」
右手首を強くつかまれて、ページは焼却炉には入らずに、地面にポトリと落ちた。
「せっかく描いたものを、なんで燃やすんだ!?」
眉を吊り上げて、僕の手首を握っていたのは、友哉だった。
「だって…だって……」
言葉は何も出てこないで、頬に涙がこぼれ落ちる。
……もう描かないって決めた……もう見つめないって決めたから……だから……
左手に持っていたスケッチブックも、地面にすべり落ちる。
両足から力が抜けて、僕は地面にしゃがみこんで泣きだしていた。