月夜の夢

「一ノ瀬、今日の部活来れるか?」
背の高い男の子が爽やかな笑顔を輝かせて話しかけてきた。明が元のままだったら、こんな感じだったかもしれない。
しかし話しかけてきたのは同じ部活の高島くんだった。
私は前の明だったらきっとサッカー部に入るだろうと思ってサッカー部のマネージャーをしている。当の本人はバリバリの帰宅部だ。
「行くよー!どうしたの?」
「いや、今日矢沢の誕生日でさ!みんなでお祝いしようぜって考えてるんだ。」
「え、矢沢くん今日誕生日なの?知らなかった…。」
「やっぱ?あいつ昨日になるまで教えてくれなくてさー。」
高島くんは優しくてかっこいい。
それに話すのが上手くて面白い。
「でさ、昨日の今日だけどお祝いしてやろーぜってことになって。みんなであいつの好物のプリンを1つずつ買って部室にプリンタワー作ることになった!」
「え、じゃあ矢沢くんはプリン20個もらうってこと?」
「そう!」
「あははっ何それ面白い!やるやる!」
学校での私は、努めて明るくしている。
いつまでも過去を見て泣いていてはいけない。そう思っている。けれど。
「よかった。一ノ瀬笑った。」
へへっと高島くんが笑う。
「え…?」
「昼の後ぐらいからなんか元気なかったからさ。」
「え、そうだった?おかしいなあ、元気なんだけどなあ。」
「一ノ瀬ってよくあるよな。なんかこう…フッて感じで笑顔がなくなる時。」
「えー、高島くんの気のせいだよー。」
高島くんの言うことが本当なら、明のことを考えている時かもしれない。
えへへ、と笑いながら思った。しかし高島くんは真剣な顔で
「俺、割と心配してるから…なんかあったら言えよ?」
と言ってくれた。本当にいい人だ。
私はもう一度笑ってうなずいた。
高校に上がると、火事の話を知らない人の方が多くなった。
わざわざ自分の身の上を語る機会なんてないし、憐れんだ目で見られることが嫌いな私にとって嬉しい状況だ。
横で座っている明に声をかける。
「明、私今日部活行くから一緒に帰れない、ごめんね。」
明は小さく
「ん。」
と言うと教室を出て行った。
その後ろ姿を、まだ近くにいた高島くんが目で追う。
「なあ、ずっと気になってたんだけど、一ノ瀬と白沢ってどういう関係?」
「んー、幼馴染だよ。家が隣だったの。」
明るく。明るくしなくちゃ。
「ふーん。あいつ暗くね?」
「あれでも昔は明るかったんだよー。」
「へえ、なんかあったの?」
「まあ、ちょっとねー。」
あはは、と笑うが高島くんは怪訝そうな顔をしていた。
ごめんね、高島くん。別に隠してるわけではないんだ。
予鈴がなる。
少しして明が戻ってくる。
ちょっとぎこちないこの感じが、なんだか嫌だった。
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