女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
番外編 桑谷彰人の憂鬱
・番外編 桑谷彰人の憂鬱・
殺風景な自分の家のドアを開けて、デスクの上に車の鍵と入口の鍵を放り投げた。
元々は税理士が事務所を構えていた繁華街の小さなテナントビルの最上階を、前職の絡みで安く買い取り、ここに一人で住んでいる。
・・・住んでいる、とは言わねーか。自嘲気味に口元を歪めて笑う。
寝に帰る、だけだな。必要な時に。
雑多なテナントビルの最上階、約14畳ほどの元事務所は、床はむき出しで片側一面に並んだ窓にはカーテンもブラインドもない。事務用デスクと椅子、それに書類棚、後で取り付けたシャワー室、小さな台所と、大きなベッド。それに事務所が出て行くときに譲り受けた細長い個人ロッカーが二つ。自分のものは全てそこに片付けられるだけしか持っていない。
部屋の真ん中の空間があくようにそれらの少ない家具を設置して、真ん中ではトレーニングをしたりボクシングバッグを吊り下げて打ったりしていた。
ガランとした埃っぽい部屋に、むさくるしい男が一人。これがずっと続くと思っていた。
この夏までは。
腕時計は既に深夜の1時を指していた。
明日(正しくは、今日、だが)から始まるデパ地下の食品共同イベントの準備に借り出されて、こんな時間だ。
電車では帰れないかもと車で出勤して正解だった。
腕を振って肩の凝りをほぐす。頭痛もするじゃねーかよ、畜生。閉店から今まで奴隷のようにこき使われた。
「・・・身がもたねーよ」
つい、苦情が口から漏れる。