女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~


 ひゅっと彼が眉を上げた。そして、やっと仕方ないなって顔で微笑した。

「俺が来るのが判ってたのか」

 声が優しくなった。

 そばに寄って来た彼をちらりと見る。屈みこんで、私の背中に口付けをした。

「勿論よ。しかも――――――」

 私はタオルケットをどけて、仰向けに転がった。

「・・・誘惑出来ると、知ってたの」

 微笑む必要すらなかった。その後は、彼は簡単に落ち、文字通り、誘惑は成功した。

 9月の後半まだ夏の名残がある季節、平日の午前中に、私は婚約者である彼に抱かれ快楽の夢の中へ。

 私の名前は小川まり、年齢30歳、職業デパ地下のチョコレート売り場の販売員。

 私を見下ろして微笑む彼は、桑谷彰人34歳、職業デパ地下の鮮魚売り場責任者。

 私たちは婚約していて、職場である百貨店が見える私の部屋で、休日の今日、朝っぱらから不純行為をしているわけだ。



 シャワーを浴びてくる、と私が言うと、彼は朝食を作っておく、と言った。

 ・・・・いい男だ。これだから、一人暮らしの長い、しかも自立した大人は素敵だ。

 嬉しい気分で鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。


 彼、桑谷彰人とは、今年の6月に出会った。

 それまで付き合っていた美形の彼氏の守口斎(現在様々な犯罪により入牢中)に仕返しをするために入った百貨店の、地下のマーケットの鮮魚売り場に居た彼は、百貨店の社員に転職する前は警備会社と調査会社にいたという“その道”のプロで、別の思惑がありはしたが、途中から私を助けてくれて2回は命すら助けてくれた恩人だ。


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