女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
第3章 接触
1、これから、よろしく。
そんなわけで、私は日常に戻った。
相変わらず閑散期の百貨店の洋菓子売り場で、せっせとチョコレートを売る。売り上げノートをつける。商品の管理をする。
10月も半ばで、最近では秋を思わせる風が吹くこともあった。
私と桑谷さんが普通の態度に戻ったと、また一々デパ地下では噂が流れたらしい。暇な人達だ。別れることになるかで賭けてたのにって、隣の田中さんなんか私の前で笑っていた。
「でも、せっかくいい男捕まえたんだから、離しちゃダメよ~」
なんて、別れるに賭けてたらしいのに、ケラケラ笑っている。・・・いい性格だ。私は呆れて笑うしかなかった。
竹中さんが、ケース越しに田中さんと喋る私の制服の袖を引っ張った。
「はい?」
振り向くと、彼女は和菓子の方を見たままで口を開く。
「・・・・さっきから、ぐるぐる回ってるお客様がいるんですけど。態度がちょっとおかしい・・・かも」
ん、どれ?とついでに田中さんも顔を出す。
お土産で持っていくのに、取り合えずと百貨店に来てから長い時間悩むお客様もいる。特に、連れもなくて一人の若い男性客はデパ地下の雰囲気に馴染めずにどうしても挙動不審になりがちだ。
しかし、たまに、『おかしな』客がいるのも事実で、よく見たら裸足で歩いていたり、ぶつぶつ独り言を言っていたり、いきなり絶叫するような人もいるので、ちょっとおかしいかもと思えば目を離さずにいて、必要ならば警備に連絡もしなければならないのが販売員だ。
3人で、キョロキョロと辺りを見回す。
「・・・どの人?」
私が聞くのと、竹中さんが、あ、と声を漏らして笑顔を作るのとが同時だった。