女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
そして隣の店の田中さんが寄ってきて、唖然としている私に噂話のことを教えてくれたのだ。
だから腹立ち紛れに嘘八百言っておいた。
「違います。桑谷さんは彼氏になりましたが、結婚はまだです。・・・私が短髪の桑谷さんを見てみたいって言ったら翌日切ってきたんですよ」
それで、デパ地下では公認のカップルとなったわけだ。
昔馴染みがどれほど昔のことかは知らないが、彼がデパ地下勤務になってからは長髪だったため、私は言ったのだ、イメージが変わって驚くだろうね、と。
すると彼は手をひらひらと顔の前で振った。
「伸ばしだす前の知人だから、驚かないと思う。あの頃は今よりもっと短かったし」
「へえー。想像つかないな」
誰にでも過去は年の分だけあるが、彼の過去は複雑かつ強烈だ。あまり話も聞いたことがないし。
最近は落ち着いたけど、髪を切ってすぐの頃はまだうなされることもあった。
3代続いて自殺した父親たちのことが強迫観念になって彼を襲うのだ。
一人の夜はどう対処していたかは知らないが、一緒に寝ている時に、夜中、ガバッと跳ね起きて、全身を震わせながらうずくまっていた事があった。
すごい汗で、目を見開いて震えていた。
私は手を取って布団に導き、抱きしめて頭を擦り付けた。暫くすると彼の体から力が抜けて、小さく口元で笑った。そして、ありがとうって言ってから気を失うみたいに眠ってしまった。
そんな事が2,3回あった。
別に無理に切らなくても良かったんじゃない?似合ってたのに、と私が言うと、過去は過去としてちゃんと処理したかったんだ、と返事が来た。
「君と一緒にいるなら、大丈夫と思える」
そう言って、あの冷静な目でじっとこちらを見詰めていた。