女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~


 透明な瞳をしていた。空と、海と、私が映る。ミルク色の世界で、彼は佇む。

「君は」

 声が途切れた。しばらくして、小さく続けた。

「・・・・もう俺と一緒にいてくれないんではないかと」

 あの大きな彼が、子供みたいに見えた。小さく小さく、縮んで。

 私は言葉も発せず、それをただ見詰める。彼も静かな表情のままで私を見ていた。

 結婚を約束した。

 だけど私たちは、お互いの親の事も知らない。

 彼のお母さんは生きているのだろうか。どこに住んで、何をしている人なんだろうか。

 複雑な過去。暗い20代後半と、自分との戦い。彼は一人で戦ってきた。

 『よく目を見開いて、この世の中を見ることだよ』

 私を大切に、そして自由奔放に育ててくれた両親は、いつも私にそう言った。

 自分の立っている場所をちゃんと見ること。いつでも把握しておくこと。

 いつだって、敬愛する両親の言葉を実行する努力をしてきた。

 だけど―――――――――


 数歩先に立つ男の人を眺める。


 ・・・・全てに、その教えが当てはまるわけではないんだわ。


 彼の過去から手が伸びてきて私を煩わす。それはこれからも起きることかもしれない。両親なら、今の内に止めなさいって言うかもしれない。

 目を開いてちゃんと見ろと。

 まり、ちゃんと、しっかりと周りを見なさい、と。どうしてわざわざトラブルに飛び込むの、と。


< 79 / 144 >

この作品をシェア

pagetop