女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
ヤツが私から目を離したその一瞬を、私は勿論利用した。
体の横で握り締めていた右拳で、前に踏み出すと同時に体重をかけて、バカ野郎の横面を殴った。
細川が吹っ飛ぶ。手からナイフが滑り落ちて、倉庫の冷たい床の上を滑って転がっていく。慌てた細川がそれを追いかけようと身を起こした時に、滑るナイフを踏んで止めた足に気がついた。
私はそれを、バカ野郎を殴った体勢のまま見ていた。
「細川政也、銃刀法違反並びに婦女暴行の現行犯で逮捕する」
床に這い蹲る細川を見下ろして、生田刑事の冷たい声がこだました。
細川は最初、よく判らないといった表情でポカンとしていた。髪も服も乱れていて、私が殴った顔の左側が腫れてきている。
刑事を見上げ、横目で私をちらりと見た。
そして急に笑い出した。
「あはははははは!!ひゃーははあー!!」
妙に甲高いその声が倉庫内に響いてぞくりとする。
生田さんが細川を拘束して警察に連絡と消防に連絡を入れる間も、ストーカー野郎は奇妙な声で笑い続けていた。
「大丈夫ですか?」
警察の人が続々と到着し、細川を連れ出したあと、救急車の所で切られた腕を手当てして貰っていると、生田刑事が近づいてきて言った。
「はい、おかげさまで」
私が笑うと、それとは逆に辛そうな顔になって刑事が言う。
「・・・怪我、しちゃったじゃないですか。暴言はいて余計怒らせて、どうするんですか」
私は肩をすくめる。
「だって私の気が納まらなくて」