それでも私は恋をする
出会う

出会う

 平日の夕方、学校から帰ってきた私は、鍵を開けて自分の家の玄関のドアを開ける。
 あれ? 鍵が閉まっている。今さっき鍵を開けたはずなのに。さっきまで鍵が閉まってなかったの? え? 私、朝……鍵を閉め忘れた? のかな……。どうやら鍵があきっぱなしだったドアを見つめる。

 もう一度鍵を使ってドアの鍵を開けて中に入るかどうか迷う。怖いなこんな状態で中に入るの。私一人だし。だけど、家に入らないわけにはいかないし……。両親は帰りが遅い事が多い。ほぼ毎日だと言ってもいい。私は一人っ子で父と母の三人暮らし。両親が帰ってくるまで外で時間潰せるか考えていた。ただもう一つの可能性を考えてはいるんだけど……。あれから二年もなにもないまま経っているしな……。

 玄関の前で私は考えていた。このまま立ち去るか、中に入ってみるか。どうしようかと考えていたら玄関の鍵が開く音と共にドアが開いた。ドキリとする。誰?

 一、二歩下がって玄関のドアを開けた人を見ると、そこには母がいた。はあー。紛らわしい! 早く家に帰ってくるならそう連絡してよ! もしくは朝に言っておいて!

「おかえり! アリス!」
 上機嫌だよ。この母は。
 これはさっき私の頭をよぎった嫌な予想が当たってるかも。母が今この時間、家にいることも含めて。
 なぜいつも先に言ってくれないんだ。困った母親だよ。いや、父親もだよね。

「アリス、なんで家に入らないのよ」
「怪しいからに決まってるじゃない。閉まってるはずの玄関の鍵があいてたんだから」
「そんな細かいことより早く! こっちにいらっしゃい!」
 細かい事じゃない! 家に入れないところだったんだから。友達の果歩に付き合ってもらえるか考えて、果歩が今日も彼氏と一緒にいることも考え、そこに割って入ってる自分の姿も考えてたんだから。

 そんな私の怒りなどお構いなしに、母は玄関から階段を上がって二階の部屋へと私を連れて行く。私の部屋の隣の部屋。そこは空き部屋になっている、普段は。いつもと同じだけど、今回は二年も間が空いてる。
 部屋のドアは開け放たれている。どうせさっきまで母が乱入してたんだろう。そこから見える光景。懐かしい……三年前と同じに見える。ダンボール箱に囲まれた男の子。年も同じくらい。変わったのは私が男の子の年に近づいた事だろう。
「アリス! こちら安田拓海君。今日から我が家の一員よ。仲良くしなさいよ」
 そこらの箱に彼の名前が書いてある。

 今日から我が家の一員……何度聞いた言葉か。父も母も弁護士で、扱った事件や事故のせいで親とは暮らせなくなって、引き取り手がどうしても見つからない子供を何度も引き取っては同じセリフを言う。そう、今日みたいに。こういうことが嫌なんじゃないけど、急過ぎる。せめて前もって話してくれてもいいじゃないの! 毎度、毎度。私が反対すると思ってるからなのか? 反対したことなど一度もないのに。

「どうも」
 彼、拓海君が遠慮がちに挨拶してくる。拓海君に気を使わせてるよ。母! こんな対面の仕方をいつもするんだから。
「どうも。よろしく」
 私のやっとの返しで私の承諾を得たと思ったのか、母のご機嫌がさらにアップした。
「じゃあ、後はよろしくね。アリス。ああ、拓海君はアリスと同じ年だし学校も一緒になるからね。それじゃあ、お母さんは仕事に戻るから。アリス、拓海君のことちゃんと手伝ってね」
「わかった……」
 同じ年のさらに同じ学校? というか、高校生の娘に同い年の男の子との同居に、さらに私にこの後を任すってどうなの? ああ。母と父の思考が全くわからない。そこは心配しないの? ワザと避けてたんだと思ってたのに。年の近い男の子との同居。ただの偶然だったのね。というより、私がそういうことを気にする年になっただけか。

「じゃあ。いってきます!」
「いってらっしゃい」
 本日二度目のいってきますをご機嫌に言うだけ言って、母は玄関から消え去った。
「………」

 どうしよう。男の子の荷ほどきにはきっと初対面の女の子は邪魔なだけだろう。いつから始めたかは不明だけど、私の学校行ってる間に始まったはずだ。向こうで荷造りしたものを運んでくるということを考えると、拓海君がこの部屋で荷ほどきをしはじめたのはお昼はまわってる頃だろう。だけど、今はもうすでに夕方。まだ荷物はほとんど出ていない。ダンボールが積んである状態だ。うちの学校の制服だけがクローゼットにかけてあるから、転校の手続きをしたついでに制服の準備も母がやったんだろう。きっと母に絡まれて全く作業が進んでなかったんだろうな。

「あ、じゃあ。私、宿題あるし。なんか用事があったらいつでも声かけてね。部屋は隣だから」
 と、私は私の部屋の方を指差す。ここは邪魔にならないように立ち去るべきだろう。
「あ、うん」
 と拓海君のためらいがちな返事。そりゃあ、そうだろう。
 母達のしてることは彼ら、本人達の為なんだろうか。施設に入り引き取り手が見つかるまで過ごすのを、我が家に引き取って過ごすというのは。他人の家に上がりこんで住むんだ、小学生だって嫌だろうにさらに高校生なら苦痛だろう。いつもは小学生がほとんどで中学生がたまにはいたんだけど。
 三年前までは中学生以上の年の人はいなかった。だけど、三年前に大学生が来た。彼は引き取り手を見つける当てもなかったし、当てにもしていなかった。彼は自分で大学費用と住むところと生きていく為に必要なお金をバイトや奨学金など様々なことを利用して、一人で生きて行くことを選んだ。
 一人で生きて行くのは大変なことなんだろう。彼はそうなるまでに一年以上の時を私の部屋の隣の部屋で過ごした。気づけば中学生と大学生だった私達の関係は高校生と大学生に変わっていた。彼は大学の二回生に私は高一になっていた。
 いつからか私は彼に恋心を持っていた。いつからなのか、わからなかったが今やっと気づいた。はじめからだ。こうやってダンボール箱に囲まれた彼を見てもう好きになってたんだ。ただ中学生と大学生だとという大きな隔たりを感じて気づかないようにしていただけだったんだ。彼にとっては私はただの子供に過ぎないんだと、そう思っていたから。
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