イレカワリ~番外編~
沙耶の病室の前まで来ると、外はもうオレンジ色の光に包まれていた。


気温は徐々に下がり始めていて、9月でも夜は肌寒くなる。


沙耶の顔を少しだけ見て、すぐに帰ろう。


そう思ってノックをしようとした時、中から声が聞こえて来た。


普通の話声ではない、切羽詰ったような、海の声だった。


どうして海がここに?


俺は焦って、とまどう。


きっと、海は今日は違う場所に自転車を止めたんだ。


だから俺は気が付かなかっただけのことだ。


それなら海に気が付かれる前に回れ右をして帰ればいい。


けれど、俺の足は一歩も動かなかった。


「沙耶! しっかりしろ!!」


そんな海の声が聞こえて来たから、動けなくなってしまったんだ。


ドアの前で茫然と立ち尽くしていると、担当医と看護師がなにか道具を持って走ってきた。


俺は咄嗟に邪魔にならないよう、横へ移動した。


看護師は慌ただしく沙耶の病室へと入って行く。


その間に少しだけ見えた、沙耶の青白い肌。


苦しそうな顔。


俺の手は自然とドアへと延びる。


沙耶が苦しんでいる。


助けなきゃ。


俺が行ったところでなにかができるワケじゃない。


だけど、そばにいて声をかけてあげなきゃいけないと思ったんだ。


俺の手がドアノブに触れた。


その時だった。


ドアが大きく開き、海が出て来たのだ。
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