エドガー
2日目
二日目。
目が覚めた時、エドガーの中で明らかに何かが変わっていた。
それが何かは分からないが、エドガーはハンモックから顔を出すと兄弟たちが起き出して挨拶を交わすところだった。
「おはよう」
エドガーが言った。それを聞いた兄弟たちは次々と挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう、エドガー」
ロクが顔を出した。どうやら、早くから起きていたらしい。他のみんなが眠そうにしているのと比べて、ロクはすっきりとした顔をしている。
「よく眠れたかい?」
「ああ」
「それなら良かった」
ロクはにっこりと笑った。
「予想よりも早くて良かったよ。初日はとてもぼんやりしていたから」
ロクは着ている服を整えてくれながら言った。エドガーはそこで自分が着ているものは、白い一枚の布で出来ているらしいワンピースであることを知った。
周りを見渡すと、昨日よりもはっきりと理解することができた。
ハンモックのことや、この部屋が吹き抜けになっていること、兄弟たちが似たような顔をしていること。
兄弟たちは服を着替えている最中だった。
麻でできたシャツにズボン。みんな似たような格好をしている。
「ここはどこなの」
エドガーが聞いた。
「どこでもないよ」
ロクが答えた。
「誰に聞いてもそれは分からない。僕がきみに教えてあげられるのは、ここでの生活と仕事のこと。きみがしなきゃいけないこと」
「しなきゃいけないこと?」
「僕たちはね、こころを磨くんだよ」
ロクがいった。
「こころってなに?」
「昨日、きみに磨いてもらったものだよ。僕たちは、こころを磨いて綺麗になったものを、空へとかえすのが仕事なんだ。」
「こころが汚れると、空から落ちてくる。そうならないように、僕らが磨いて戻してあげるんだよ」
「それが間に合わないときもあるけどね」
兄弟たちは口々にエドガーに教えた。
着替え終わったようで、着替えていないのはエドガーだけになってしまった。
「さぁ、仕事をしよう」
ロクが言うので、エドガーは頭の中にたくさんの疑問を残しながら慌てて着替えた。
昨日とは違い手を引かれずに蔦の絡まったアーチをくぐり抜けた先には、藍色の夜空が広がっていた。
どこまでも続く藍色に、ぽつり、ぽつり、とこころが浮かんでいる。
部屋の中のはずなのに、そこはとてつもなく広かった。
「きみの今日の仕事は、汚れたこころを見つけてこのバケツにいれるんだよ」
ロクが教えてくれた。
「バケツにたくさん集めたら、今度は紙やすりで磨いて、最後に布で磨くんだ。そうすると、丸く綺麗なこころになるからね」
なるほど、よく見ると浮かんでいるこころは形が歪なものばかりだった。トゲトゲしていたり、楕円のものもある。
エドガーは用意されていた脚立を上り、腰にバケツを下げてこころを集めることにした。
こころには、薄汚れていたり、真っ黒に近かったり、キラキラ輝いているものもあった。
エドガーはバケツがいっぱいに貯まると、脚立を降りてロクから渡された紙やすりで磨いた。
こころは石灰石のように柔らかいものや、金剛石のように硬いものもあった。
それらは、磨くほど丸に近付き、布で磨くと乳白色のものに近付いていったが、真っ白にはならなかった。
「そうそう、上手いよ。」
「上手く磨けないんだ」
まだ薄汚れているこころを手に、エドガーは言った。
「そういうものなんだ。出来立てのこころは綺麗な白い丸なのに、時間がたつと歪なカタチになっていく。夜のあいだに、それが黒くなってしまわないように手伝うのが僕らの仕事なんだよ」
「そういうものか」
「そういうものなんだよ」
ロクがそういうから、エドガーは納得した。
作業をするあいだ、他の兄弟たちを見ると、みんなも同じ作業をしているようだった。脚立を上るもの、紙やすりで磨いているもの、それぞれがエドガーと同じ仕事をしていた。
ロクは兄弟たちの様子を見ながら、磨きあげたこころをバケツに集めていた。
「磨いたこころは、どうやって空にかえすんだい?」
エドガーが聞くと、ロクは笑った。
「それは、僕たちの仕事じゃないんだよ」
「誰がするものなの?」
「かみさまさ」
かみさま、とエドガーは口の中で呟いた。兄弟たちとは違う名前だ。
「それはだれなの?」
「かみさまはかみさまだよ」
ロクがそういうから、エドガーはふーん、と返しておいた。
ロクが言うからそういうものなのだろう。
こころを集めたバケツは、ロクが一つずつどこかへ運んでいた。よく見ると、部屋の奥には金色の蔦の絡まったアーチがあって、ロクはそこにバケツを運んでいるらしかった。
「僕も手伝おうか」
エドガーが作業に飽きてしまった頃、そう声をかけると、ロクはその言葉に笑って首を振った。
「みんな、仕事は決まっているんだよ。これは僕の仕事だからね」
「そういうものかい」
「そういうものなんだよ」
仕方が無いので、エドガーは自分の仕事を続けた。かみさま、というものを見たかったが、そう言われると何も言えなかったのだ。
暫くして藍色が薄くオレンジ色になる頃、ロクが兄弟たちに声をかけた。
「さぁ、戻ろう」
ロクの言葉に皆従った。
アーチを抜けて、部屋へと戻るとそれぞれが着替えてハンモックへと入って行く。
エドガーが着替え終わった頃、兄弟たちはそれぞれ「お休み」と挨拶を交わした。
「お休み、ロク」
「お休み、エドガー」
ハンモックから見上げた天井は、薄暗い朝の空の色だった。
目が覚めた時、エドガーの中で明らかに何かが変わっていた。
それが何かは分からないが、エドガーはハンモックから顔を出すと兄弟たちが起き出して挨拶を交わすところだった。
「おはよう」
エドガーが言った。それを聞いた兄弟たちは次々と挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう、エドガー」
ロクが顔を出した。どうやら、早くから起きていたらしい。他のみんなが眠そうにしているのと比べて、ロクはすっきりとした顔をしている。
「よく眠れたかい?」
「ああ」
「それなら良かった」
ロクはにっこりと笑った。
「予想よりも早くて良かったよ。初日はとてもぼんやりしていたから」
ロクは着ている服を整えてくれながら言った。エドガーはそこで自分が着ているものは、白い一枚の布で出来ているらしいワンピースであることを知った。
周りを見渡すと、昨日よりもはっきりと理解することができた。
ハンモックのことや、この部屋が吹き抜けになっていること、兄弟たちが似たような顔をしていること。
兄弟たちは服を着替えている最中だった。
麻でできたシャツにズボン。みんな似たような格好をしている。
「ここはどこなの」
エドガーが聞いた。
「どこでもないよ」
ロクが答えた。
「誰に聞いてもそれは分からない。僕がきみに教えてあげられるのは、ここでの生活と仕事のこと。きみがしなきゃいけないこと」
「しなきゃいけないこと?」
「僕たちはね、こころを磨くんだよ」
ロクがいった。
「こころってなに?」
「昨日、きみに磨いてもらったものだよ。僕たちは、こころを磨いて綺麗になったものを、空へとかえすのが仕事なんだ。」
「こころが汚れると、空から落ちてくる。そうならないように、僕らが磨いて戻してあげるんだよ」
「それが間に合わないときもあるけどね」
兄弟たちは口々にエドガーに教えた。
着替え終わったようで、着替えていないのはエドガーだけになってしまった。
「さぁ、仕事をしよう」
ロクが言うので、エドガーは頭の中にたくさんの疑問を残しながら慌てて着替えた。
昨日とは違い手を引かれずに蔦の絡まったアーチをくぐり抜けた先には、藍色の夜空が広がっていた。
どこまでも続く藍色に、ぽつり、ぽつり、とこころが浮かんでいる。
部屋の中のはずなのに、そこはとてつもなく広かった。
「きみの今日の仕事は、汚れたこころを見つけてこのバケツにいれるんだよ」
ロクが教えてくれた。
「バケツにたくさん集めたら、今度は紙やすりで磨いて、最後に布で磨くんだ。そうすると、丸く綺麗なこころになるからね」
なるほど、よく見ると浮かんでいるこころは形が歪なものばかりだった。トゲトゲしていたり、楕円のものもある。
エドガーは用意されていた脚立を上り、腰にバケツを下げてこころを集めることにした。
こころには、薄汚れていたり、真っ黒に近かったり、キラキラ輝いているものもあった。
エドガーはバケツがいっぱいに貯まると、脚立を降りてロクから渡された紙やすりで磨いた。
こころは石灰石のように柔らかいものや、金剛石のように硬いものもあった。
それらは、磨くほど丸に近付き、布で磨くと乳白色のものに近付いていったが、真っ白にはならなかった。
「そうそう、上手いよ。」
「上手く磨けないんだ」
まだ薄汚れているこころを手に、エドガーは言った。
「そういうものなんだ。出来立てのこころは綺麗な白い丸なのに、時間がたつと歪なカタチになっていく。夜のあいだに、それが黒くなってしまわないように手伝うのが僕らの仕事なんだよ」
「そういうものか」
「そういうものなんだよ」
ロクがそういうから、エドガーは納得した。
作業をするあいだ、他の兄弟たちを見ると、みんなも同じ作業をしているようだった。脚立を上るもの、紙やすりで磨いているもの、それぞれがエドガーと同じ仕事をしていた。
ロクは兄弟たちの様子を見ながら、磨きあげたこころをバケツに集めていた。
「磨いたこころは、どうやって空にかえすんだい?」
エドガーが聞くと、ロクは笑った。
「それは、僕たちの仕事じゃないんだよ」
「誰がするものなの?」
「かみさまさ」
かみさま、とエドガーは口の中で呟いた。兄弟たちとは違う名前だ。
「それはだれなの?」
「かみさまはかみさまだよ」
ロクがそういうから、エドガーはふーん、と返しておいた。
ロクが言うからそういうものなのだろう。
こころを集めたバケツは、ロクが一つずつどこかへ運んでいた。よく見ると、部屋の奥には金色の蔦の絡まったアーチがあって、ロクはそこにバケツを運んでいるらしかった。
「僕も手伝おうか」
エドガーが作業に飽きてしまった頃、そう声をかけると、ロクはその言葉に笑って首を振った。
「みんな、仕事は決まっているんだよ。これは僕の仕事だからね」
「そういうものかい」
「そういうものなんだよ」
仕方が無いので、エドガーは自分の仕事を続けた。かみさま、というものを見たかったが、そう言われると何も言えなかったのだ。
暫くして藍色が薄くオレンジ色になる頃、ロクが兄弟たちに声をかけた。
「さぁ、戻ろう」
ロクの言葉に皆従った。
アーチを抜けて、部屋へと戻るとそれぞれが着替えてハンモックへと入って行く。
エドガーが着替え終わった頃、兄弟たちはそれぞれ「お休み」と挨拶を交わした。
「お休み、ロク」
「お休み、エドガー」
ハンモックから見上げた天井は、薄暗い朝の空の色だった。