エドガー
5日目
五日目。
「さぁ、起きて」
ロクの声で、エドガーは目を覚ました。
何時ものように服を着替え、何時ものように兄弟たちに声を掛けると仕事へと向かう。
しかし、今日はいつもと少し違っていた。
「今日のきみの仕事は、これだよ」
ロクに手渡されたバケツには、いつもの丸いこころとは違って欠片ばかりが集められていた。
「今日は、これを修繕するんだ」
「これはこころかい?」
「そうだよ。こころは、欠けたり、壊れたりする。それをパテで補修したり、補強したり、継ぎ足したりするのもぼくらの仕事なのさ」
エドガーは作業台の方へと連れていかれた。そこには、いくつか木でできた長いテーブルが並べられていた。上には小さな瓶がずらりと並んでおり、中身がキラキラと光っている。
「これは継ぎ足すための欠片。こっちはくっつけるための糊だよ。さぁ、仕事をしよう」
エドガーは初めての作業をすることとなった。やっとこころを磨くことに慣れたというのに、新しい作業にエドガーは四苦八苦した。
瓶に詰められた欠片たちは綺麗で見るのは飽きないし、作業自体は楽しかったが、顕微鏡を見ながら細かい欠片をくっつけたり、補修するのは大変な作業だったのだ。しばらくしてエドガーは目がしょぼしょぼしてきた。
目を休めるために顔を上げたときだった。
ごとん、と音がした。
エドガーのすぐ横に、真っ黒に汚れきったこころが落ちてきた。
「ロク、こころが落ちてきたよ」
エドガーがそういうと、ロクはあぁ、と呟いた。
「役目を終えたんだね」
誰に言うでもない口ぶりだった。
エドガーはこころが落ちるのを見るのは初めてで、自分に当たらなくて良かった、と一人思った。
ロクは落ちたこころを拾うと空っぽのバケツへ入れた。
「それも磨くのかい?」
「いいや。落ちてしまったこころは、別のところへいくんだ」
バケツの中の、真っ黒になったこころを見つめてロクは言った。
「時々、あるんだ。磨いてももう綺麗にならないこころが。そういうときは、漂白しなきゃならない」
エドガーにはよく理解が出来なかったが、そういうものなのだな、と頷いておいた。
「エドガー、着いてきてくれるかな?」
そう言ってロクは作業途中のエドガーを連れて歩き出した。
奥の方、金の蔦のアーチ、銀の蔦のアーチとは別に、真鍮で出来た蔦のアーチを潜る。
そこは夜の部屋とは全く違っていた。
部屋いっぱいに大きな大きな水槽が鎮座しており、隅に水槽の縁に立て掛けるようにして梯子が掛かっていた。
水槽は銀色に光る水で満たされており、水槽の底には黒くなったこころがいくつか沈んでいた。
「ここでこころを漂白するんだ」
ロクはバケツをもって梯子をあがる。そして水槽の縁からこころをぽとん、と音を立てて投げ入れた。
真っ黒なこころはゆっくりゆっくりと下へ沈んだ。
「白くなったこころは軽くなって水面に上がってくる。それを回収してまた空へ返すのさ」
水面を見つめるロクの顔は銀色に薄く照らされていた。その表情が何を意味するのか、エドガーにはわからなかった。
「それもぼくらの仕事なのかい」
「そうだよ、ぼくらの仕事なのさ」


梯子を降りてきたロクは、エドガーを連れて作業台へと戻った。
再び目をしょぼしょぼとさせ作業をしながら、エドガーはこころのことを思った。
あのこころは、真っ白に綺麗になるのだろうか。返されたこころはまた汚れてしまうのだろうか。
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