灰色の空
泣いてはいけない、泣いたら、声を上げたら、また怒らせてしまう。
頭ではわかっていても涙が止まらない。声を上げて泣く僕の後頭部を、もう一度父は殴る。黙れと言いながら、もう一度。

僕の声はさらに大きくなる。母に助けを求めようとして姿を探したが、涙が溢れて前が見えない。

もう10年ほど前から、父はそうだった。酒を飲んでは訳のわからないことを言い出し、僕と母に手を上げた。

はじめの頃は、母も抵抗していたがやがて諦め、家で一日中寝転んでいる父と同じ空間に居ることを避けるかのように、くから夜遅くまで仕事に励んだ。ときには夜勤もしていた。

母が夜勤のとき、決まって家に来る一人の女の人がいた。まだ5歳ほどだったはずの当時の僕の前で二人は絡み合っていた。

母が気づいたきっかけは、僕だった。

あの日、珍しく父が海へ連れて行ってくれたので、僕は浮かれていたり相手と遊ぶためであることは知っていた。それでも、父が僕に向かって笑顔で語りかけ、共に遊んでくれたことが嬉しかった。

父はその日、僕と家で留守番をすると嘘をついて出かけていたことを、僕は知らずにすべて話してしまった。母は悲しそうに笑っていた。

あとから、父は母が稼いだお金を内緒で引き落とし、不倫相手に高額を貢いでいたことも発覚し、両親は離婚した。

僕はてっきり、母と暮らすものだと思っていたが、父の血が流れた僕をもう愛せないと思ったのだろうか、父に僕を押し付けて出て行ったそうだ。
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