小悪魔な彼にこっそり狙われています
彼女がそう差し出すのは、折り目がつきよれた『有給休暇申請書』の紙。
恐らく、きちんと書いたはいいけれどバインダーかなにかに挟んだまま忘れてしまっていたのだと思う。わざとではないのだろう。
けれど、今月分の有給申請はもうとっくに締め切ったあとだ。
「……町田さん、あなたこの前も他の提出物で同じことしてたよね?どうして気をつけないの?」
「すみません、あの……すっかり出したつもりでいて、けど他の書類の間に挟んだままだったみたいで」
「『つもり』じゃダメでしょ?これが他のもっと重要な書類だったらどうするの?その時も『出したつもりでいた』で通すの?」
淡々と厳しく注意をする私に、彼女はオドオドとした様子で下を向く。
赤くなっていく耳から、きっと泣き出しそうになるのを堪えているのだろう。
叱る私と、俯く彼女。そんな光景にオフィス内にはピリピリとした空気が漂い、その場にいる他の社員たちは気まずそうにこちらを見ている。
その視線たちは“提出が遅れた彼女が悪い”というよりは、“若い子相手にくどくどと説教を続ける私の方が悪い”、とでもいいたげだ。
それを感じ取り、このまま『泣けば済むと思ってるの!?』と勢いよく叱りとばしそうになるのをグッとこらえた。