小悪魔な彼にこっそり狙われています
とりあえずこの有給申請を経理課に持って行かないと……。
そう思い私は席を立つとオフィスを出て、数名の人々が行き交ういつもと変わらぬ廊下に出る。
「おー、来栖。おはよー」
その瞬間聞こえた『来栖』の名前に、つい心臓はドキッと跳ねて声の方向へ顔を向けてしまう。
するとそこには笑って声をかける秘書課の男性社員と、シワのついたスーツを着て鞄を手にしている、いかにもたった今来ましたという様子の来栖くんの姿があった。
「思いっきり遅刻したなー、どうかしたのか?」
「……寝坊しました」
「あはは!寝癖ついてるし!」
相変わらずボーッとした顔の彼は、言い訳をしたり申し訳ない顔をするわけでもなく、いたって真顔のまま。
おまけに後頭部には茶色い髪をぴょんとはねさせている。
寝坊って……あのまま寝ていたんだ。
左手首の腕時計で時刻を確認すれば、現在は9時半。始業時刻を30分もすぎている。
思えば朝弱そうだったし、せめて起こしてあげるべきだったかもしれない。
けど顔を合わせたら合わせたでなんて言えばよかった?『昨夜はどうも』?いや、なんか違うでしょ。
そうひとり頭の中で思考をめぐらせ渋い顔をしていると、不意にこちらを見た彼とバチっと目が合う。