人魚の詩
「高岡 夏希です。」

短くそう言った彼女に、誰もがそれだけ?と思ったであろう。
実際、貴弘も少しそう思ったのだが彼が疑問を持った部分はそこではなかった。
高岡…偶然か?貴弘は彼女の苗字が気になっていた。

「隠し子?」

ついさっき、否定されたばかりなのに
もう一度もらしたその言葉は誰の耳にも拾われなかった。

「空いてる席に座れ。なんかやりづれーな、同じ苗字って。」

やっぱり偶然か、貴弘はそう思うことにした。
そこでふと気づいた。
空いてる席って俺の隣じゃね?
カタン、と小さな音をたてて隣に座った彼女に少し貴弘は身構えた。

「よろしくな。」

そう声をかければ彼女はちらりとこちらを向く。きょとんとした彼女に、一瞬貴弘もきょとんとして、そうか、と思った。

「俺は斎藤貴弘。ま、わかんない事あったら聞けよ。」

少し格好をつけて言った彼に一体何人が気づいたのであろう。
きっと、この時は貴弘自身も、彼女すら気付かなかった。

それにしても、整っている。
綺麗なロングヘアの黒髪、大きくてまんまるとした目、ぷっくりとした唇、小さな体のわりには綺麗なスタイル。
背は150cmあるかないかと小さめだが、きっとクラスにいた全員が思ったはずだ。

美少女、と。

ただ、何とも言えない彼女を包む異様な雰囲気に貴弘含め皆が同時に近寄り難いとも思った。

「なんて呼べばいい?」

意を決して声をかけてみた。
彼女がここに来てから笑っていないことを気にしていた貴弘には彼女と仲良くする自信は少しなかった。

「なんでもいい。」

笑わずに、ちらりともこちらを見ずにいう彼女に貴弘は苛つきを隠しきれなかった。
無愛想、ぴったりだ。と思った。

「そうか、じゃあチビ太で。」

その瞬間、彼女は貴弘を見つめた。
まんまるとした大きな目を更に見開いて見つめた。

「何よ、それ。」

「チビだから、チビ太。いいだろ?別に。」

でも、それ以上彼女は表情を変えることはなく
好きにすれば?と一言 貴弘に言った。
本当は夏希、とかファーストネームで呼ぶ気だった貴弘だが無愛想な彼女についそう言ってしまったのであった。

何してんだよ、俺。

チャイムが鳴り響く教室に
後悔に項垂れる貴弘の姿と少し不機嫌な転校生の姿があった。

「何してんだよ、貴弘。体育行くぞ。なんかバスケは次からで、今日は持久走らしいぞ。」

1時間目、日差しが眩しいグラウンドに斎藤貴弘の姿はなかった。


< 3 / 8 >

この作品をシェア

pagetop