憂鬱な午後にはラブロマンスを
珠子が会議室へと案内する間、洋介は一言も話すことなく無表情で珠子の後をついて行った。
その無言の時間が珠子には耐えられない程に苦しく感じた。それを洋介に気付かれたくない珠子は平静を装い洋介に悟られないように胸を張って歩いていた。
しかし、二人の気まずい異様な空気を感じ取っていた洋介もかなり息苦しさを覚えていた。
珠子から一歩二歩と少し遅れて歩きながら後姿の珠子を見つめていた洋介は、珠子が以前と全く変わりのない姿をしていることに安心すると同時に不安も感じていた。
洋介と結婚していた時と同じ魅力的な珠子の姿は、もしかしたら他に愛する男が出来たからなのかと思わせてしまう。
事実、社長から求婚中で返事を待っていると聞かされ、洋介の心はかなり動揺していた。
珠子を取り戻すためにこの会社へ来たのではなかったが、好きで別れた女でもなかっただけに洋介としては心中穏やかではいられなかった。
会議室の前まで来ると珠子はドアに背を向け洋介に「ここです」と知らせた。
ドアを開けると上司である洋介を中へと通す。
洋介は珠子の上司らしく振る舞おうと案内された部屋へ無言のまま入って行く。
その際も珠子の目を見ることなく冷静であると思わせる態度を忘れなかった。
会議室へと入ると室内を見渡し部屋の中を確認した洋介は防音装置が施されている部屋に頷いていた。
「ここなら安心して議論が出来るというものだ」
そのセリフに珠子は何を議論するのかと心臓がドキッとした。
洋介は資料をテーブルに置くと窓から外を眺めた。
その姿が以前と変わりない相変わらずの素敵な容姿に珠子の目は惹きつけられていた。