憂鬱な午後にはラブロマンスを

小田は社長室のあるフロアへと珠子を案内する。社長室は建物の最上階にあり社長専用フロアになっている。

珠子のような一般社員がここへは近寄ることがない為、初めて訪れるフロアに珠子はかなり緊張しながら廊下を歩いていた。

社長室の前までやってくると小田は一度姿勢を正し呼吸を整えドアを叩いた。


「小田です。遠藤珠子さんをお連れしました。」

「入れ」


社長の声と同時に小田はドアを開け、珠子に社長室へ入るように促す。珠子は緊張で足が思う様に動かずにいた。


「そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ。社長はお優しい方ですから。」


珠子へ向けられた小田の表情は先ほどまでの営業スマイルではなく、とても優しい姉のような微笑みに変わっていた。


「どうぞ」


珠子が社長を見たと言えば、珠子が所属する営業部を社長が訪れた時で、数週間前が一番最近のことだろう。

その社長の姿は経営者とは思えないほどに容姿端麗でしかも長身だ。モデルでも通用しそうな程の素敵な人だ。

だから、独身の社長に色目を使う女子社員があまりにも多い事に社長命令を出した。「社長に色目を使ったものは即刻クビとする」と。

平凡な人間の珠子にすれば、社長や秘書のように人並み以上の素質のある人間は生きていくのも大変だと感じ、目の保養になってもそれ以上の興味の対象にはならなかった。


「失礼します」


珠子が社長室へ入ると秘書の小田はドアを閉めながら社長室から出て行った。

社長と二人だけになった珠子は緊張で社長の顔をガン見してしまった。

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