憂鬱な午後にはラブロマンスを
トイレで用を済ませた洋介が自分のデスクへと戻ると珠子はパソコンの電源を切り帰り支度をしていた。辺りを見渡すと既に他の社員は退社しており、営業部には珠子と洋介の二人だけになっていた。
「もうみんな帰ったのか?」
「ええ、さっき。大谷課長と武田主任が帰られて私達だけになったの。もう、私も終わったから帰るけど洋介はどうするの?」
「飯を食いに行こう」
「いいけど。でも、家で奥さんが待っているんじゃないの?」
「・・・・飯を食いに行く」
洋介は珠子の背中を押すと昔の様に腰に手を回した。
以前と変わらない大きな手に包まれるように引き寄せられると珠子は緊張してしまった。
まるで昔の二人の様な錯覚に陥ってしまう。
けれど、左手の指輪が擦れる音に珠子はこんなのは変だと思ってしまった。けれど、そう思いながらも洋介の手を拒めなかった。
まるで恋人同士だった時のように抱き寄せられるのが嬉しくて心臓が少しドキドキして10代の女の子の様な気持ちになっていた。
「あの、どこ行くの?」
「珠子の家はどこ?遅くなると電車に乗り遅れるだろ?」
「会社の近所なの。だから、歩いて帰っているわ。」
「なら食事したら送るよ」
「いいわよ。そこまでしてくれなくても。」
珠子の言葉を無視する洋介は抱き寄せる手に力が入る。その力に珠子は「俺に任せろ」と言われている様で何も言えなくなる。
しばらく二人の間に沈黙が走る。