憂鬱な午後にはラブロマンスを
「君とは一度ゆっくり話をしてみたかったんだ。」
「あの、営業部でのことでしょうか? それでしたら部長にお聞きになれば、」
珠子は俊夫の言葉に仕事なのかプライベートなのかハッキリしなく、誤解を与えてはいけないし自ら誤解してもいけないと部長の名前を持ちだした。
すると、俊夫は珠子の唇に指を立てそれ以上は話すなと言わんばかりの動作をした。
男の人の指が唇に触れるなど随分長い期間なかった為、珠子は心臓がドキッと跳ね上がりそうだった。
珠子の頬が少しピンク色に変わるのを見た俊夫は、多少は自分を意識してくれているのだと嬉しくなり、唇を触れていた指を頬へと動かした。
「あの、社長?」
「君の話は部長では分からない事なんだよ。」
「どんなことでしょうか?」
「今夜、一緒に食事をしよう。それから、お酒も飲みたいがどうだろうか?今夜は一緒に過ごせないか?」
俊夫のその言葉は仕事とは関係のないものだ。社長としての言葉ではなく一人の男性としての言葉だ。
珠子は相手が社長だろうが平社員だろうが今は付き合う気などない。恋人募集はしていないと今しがた俊夫に話したばかりなのにと珠子は戸惑いを隠せない。
俯く珠子の手を握り締めた俊夫はハッキリと自分の気持ちを伝えようと、珠子の手を自分の唇まで運んでは手の甲に軽くキスをした。
「友達から始めようなんて言わないよ。お互いにそんな年齢ではないんだ。出来れば結婚を前提に交際して欲しいと思っている。どうだろうか?」
「いいえ、私は結婚する気はありませんし、その・・・」
「別れた夫が気になるのかい?」
珠子は離婚歴があるのを会社の誰にも話したことはなく、履歴書にも書いてはいなかった。
なのに、何故、俊夫がその事を知っていたのか驚いた。