憂鬱な午後にはラブロマンスを
結局、熱に浮かされていた洋介は朝方まで眠っていた。珠子にとっては昨夜の出来事は熱が起した幻想の様なものだった。
このような事は珠子には二度と起こりえないことだと諦めるしかなった。
「悪かったな。こんなに面倒かけてしまって。」
「ううん、私なら気にしないで。ご飯食べれそう?」
「お腹減ったよ」
懐かしいやり取りに嬉しくなった珠子は、ベッドから起き上がろうとする洋介の背中を押して起きるのを手伝った。
洋介は珠子の柔らかくて温かい手が嬉しくなると自然と笑みが零れる。
「ゆうべ、おかゆを作っておいたの。冷蔵庫に入れておいたから温めるわね。」
「ああ、ありがとう。」
穏やかな時間を過ごす珠子は不謹慎にも幸せに感じてしまう。
洋介は高熱で苦しんでいたというのに、一緒に目覚め、一緒に朝ごはんを食べ、そして一緒に会話をする今のこの時間を大事にしたいと感じてしまう。
些細なことだけど、これがどれほどの幸せか、昔感じることができなかった幸せを珠子はひしひしと感じてしまう。
あの頃の自分は幼すぎて本当の幸せを見つけることが出来なかった。
こんな大事な幸せを自ら逃してしまったのだと後悔しか残らない。
「部屋がきれいになっている?」
「だって、掃除も洗濯もそのままで散らかっていたから。洋介には悪いと思ったけど全部片づけたわ。ダメだった?」
「いや、ありがとう。珠子。感謝しているよ。」
きっと昨夜のキスは何も覚えていないのだろう。珠子を見る洋介の瞳は、いつも会社で上司と部下としている時と同じ目をしていた。