恋愛議事録
 愚痴は更に続く。
 ちなみにタコわさは半分以上食われた。わさびで涙が出てきた、なんてしょうもない嘘を吐くのに必要だったらしい。
 大場が解体したまま冷えた焼き鳥は手を付ける気配がないので俺の担当となる。
 カウンター席で目の前で焼いてくれたものを解体した挙句放置って。行きつけの居酒屋とは言え感心出来ない事だけど、泣きながら愚痴りながら若干左右にふらつきながら同じような事を言う常連客の態度に、なじみの店員も苦笑いで冷えたおしぼりを差し出してくれた。
 苦笑いで受け取った俺からおしぼりを手にした大場は戸惑う事なく広げたおしぼりを顔に押し当てた。

 おっさんか、おまえは。

 
 このまま店にいてもロクな事がないと判断し、お会計を済ませると大場とタクシーに乗り込んで自宅へ向かう。
光紀の家でもまだ飲むからね、と目を閉じたまま言うコイツは完全に酔っ払いだ。今大場に酔ってるかと聞けば十中八九酔ってないと言い張るだろう。酔っ払いとはそんなもんだ。

 力の抜けた酔っ払いはちゃんと歩かせるのに苦労する。腰に腕をまわして分かった想像以上の細さに、半分抱き寄せた時にフワリとささやかに立ち上った甘い匂いに理性をガツンと叩き割られそうになる。

 鍵を開ける時も目を閉じたまましな垂れ掛かる大場を抱えたまま理性と本能が鍔迫り合いを繰り広げる。
やっとの思いで開けた玄関に家主より先に入り込んだ酔っ払いは、フラフラしながらも靴を脱ぎ、手さぐりで照明を点け、ヨロヨロしながらソファに向かって千鳥足で進んでいく。
 そしてそのままソファに崩れ落ちた。
 
 結婚が決まった他の同期のお祝い会をしようと、ここで飲み会をしたのはつい先日だ。部屋の間取りや家具の配置を知っていたんだろうが、俺のテリトリーで知ったように行動する大場を見て、小さな優越感に浸る。

 大場を狙ってるであろう数名の会社の人間の顔が思い浮かぶ。
 おまえらの前で、こんなにコイツは無防備にならないだろ。

 水を持ったままソファで眠る大場の顔を見下ろす。

 他と比べて自分はダメだ、まだ足りないと言うが、思ってるより周りの評価は低くない事をわかってないんだろうな。
 本橋と比べたら女子力が足らないと言うが、キチンとしたものをキチンと着こなし、清潔感があって人懐こい笑顔でどれだけの人間が癒されてるかわかってないな。
 仕事も真面目にこなし、ミスしても最後まで責任感を持って業務にあたって。
 
 知ってるよ、全部。おまえの良いとこも悪いとこも。ずっと見てきたんだから。


 俺が惚れてるのだって、おまえ絶対気付いてないだろ。
< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop