女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
2、攻撃と防御
その夜はいくらかぼーっとしていたらしく、桑谷さんに何度か大丈夫か?と心配されてしまった。
私がビールも一本で終わらせたので、彼は本気でこれはおかしい、と思ったようだった。
「頭痛、まだ酷いのか?病院は?」
私はお皿をシンクに運びながら、振り返りもせずにそのまま言う。
「大丈夫よ、ご飯前に飲んだ薬が効いていて、多少ぼーっとしてるだけ。それを思い出してビールも我慢したの」
罪のない嘘ならスラスラはける。そして、強引に話題を変えた。
「お母さん、元気だったよ。一緒に行けばよかったのに」
途端に覇気のなくなった声で、彼がうんと返事をする。
「・・・行ってくれてありがとう。俺は、また今度でいい」
「顔見せるのが、そんなに嫌なの?」
「・・・別に、嫌では」
「孝行したい時に親はいずって言うでしょ?たまに会いにくらい行ったら?」
私の突っ込みに、これ以上は分が悪いと思ったらしく、ヤツは風呂を理由に逃走した。
恐らく、照れくさいんだということは判っている。
ずっと若くして自殺するという歴史を繰り返してきた桑谷家の男に生まれ、母親もその呪縛にかかって苦しんできた家だ。呪いを解いて無事結婚したとはいえ、おいそれとはわだかまりは消えないのだろう。
彼は、自分を見る母親の目に、悲しみと苦しみと恐怖を感じてきたのだ。その記憶を溶かすのは、難しい。
台所を片付けてしまって、お風呂から音がするのを確かめた。