女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
夜、台所で晩ご飯の支度をしていると、彼が帰ってきた。
「ただいま」
「はいお帰りー」
私は振り向きもせずに声だけを返す。鍋の中で味噌汁をといていて、目を離したくなかったのだ。
荷物を椅子に置いた音がして、背中からガッシリとした腕に抱きしめられる。
ふわりと彼の香りが私を包んだ。
「・・・うーん。まだ感動がある。君がいる所に帰れるってことの」
彼の低い声が私の耳朶をくすぐる。私は相変わらず味噌汁から目を離さずに、淡々と答える。
「良かったわね」
「・・・・」
ちぇ、と呟いて腕をといた。
「これだから自立した女ってのは面白くない」
私はふふふと笑う。
付き合っている間に散々同居を断られ、プロポーズをしても待機を要求されて来た彼は、未だに信じられないとよく口にするのだ。
本当に、俺、君と結婚できたの?って。
手を洗ってから食卓の準備を始めた彼をようやく振り返って、私はにっこりと笑った。
「はい、完了したわよ」
ん?と振り返る彼に人差し指でおいでおいでをして、私は腕を伸ばした。
普段は冷静な光を放つ黒い瞳を細めて、彼が近づく。
私は首に腕を回して背伸びをし、ゆっくりとキスをした。