女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
宥めるような表情で、彼が慎重に口を開いた。
「それは考えすぎだと思うぞ。玉置さんは時間調節で出勤だったのかもしれない。それに―――――」
困った微笑で私を見た。
「君だって、ネズミだろうがゴキブリだろうが平気だろう?」
時間が止まったみたいだった。彼の放った言葉は痛みを伴って真っ直ぐに私の鼓膜を揺らす。
私はその時、確実に頭の中の血管が一本切れた音を聞いた。
彼から目を離さないままで、飲んでいた牛乳のコップをテーブルに叩き置いた。
ガチャン!と凄い音がして、中身の牛乳は天井近くまで飛び上がり、コップは私の手の中で砕けた。
コップを握る手の形のままで切れた皮膚から出る赤い血が、牛乳の白と混ざってテーブルに広がる。
私のブチ切れを呆気に取られて見ていた彼が、そこで我に返った。
「―――――おい、大丈・・・」
私に手をのばそうとしたところで、下から掬い上げるように睨みつける私の視線と出会い、体を止めた。
「・・・・まり」
「うるさい」
出た声は低かった。我ながら、よくそんな凄みが出たものだと驚いた。
「――――――」
桑谷さんは言葉を失って立ちすくむ。目を見開いたまま固まっていた。
「・・・私は、怒ったわよ」
彼は動きを止めていた体を再び椅子に埋めて、眉間に皺をよせて深いため息をついた。
「―――――まり」
「うるさい」