女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
「・・・俺が悪かった。とにかく、手当てを―――――」
そしてまた手をのばす。
私は目を離さないままで相変わらずの低い声で言った。
「私に、指一本、触れないで」
彼がするりと目を細めた。今やまた、私と同じように体から怒りが発散されつつある。
手の中で砕けたコップのガラスが照明で光る。私の血は牛乳と混ざり、ピンク色になってテーブルの端から滴り落ちていた。
空気は緊張で満ちていた。
「一体、何を悪いと思って謝ったの?あなたが一向に私を慰めてくれないこと?それどころか自分は報告を受けてないと私を責めたこと?それともあのバカ女を庇うこと?もしかしたら私がとばっちりで迷惑をこうむっているのを判っていて、それでも自分が何もしないこと?」
話しながら私は口元を歪めて不快な声で笑った。
手は痛くなかった。でも後で痛むことが判っていた。桑谷さんはぐっと両目を閉じて、長く細く息をはいた。
「・・・・その、全部でいい。俺が悪かった」
「まさしく失言よね。一度出た言葉は二度と戻らないわ。あなたはそれを学ぶべきね」
「・・・」
「確かに私はネズミもゴキブリも平気よ。だけど、だから、何だって言うの?平気だから投げ入れられても笑って許せと?それは、今、いう事なわけ?やられた酷いことに関してはスルーするの?」
「・・・手当てをしないと」
私はあはははと声を出して笑った。怒りのあまり、自分が壊れたのかと思った。多分、壊れていたのだろう。