女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~


「やっぱりね。ならばまた私の胸だけに留めておくわ。パートさんたちにもまだ言わないから、自分で時期をみて言ってね」

 にやりと店長は笑った。

「それもあって、ここに来たんでしょう。このパターンはそうよ。小川さんが桑谷さんを煙に巻きたい時に使うやつよね。去年のこと忘れてないわよ。また彼が売り場に来たら、小川はいませんて言えばいいのかしら?」

 これは冗談で、笑い話になるだろうと思って言ったみたいだったが、私がそうなんです、と頷いたもんだから、え?と店長は身を引いていた。

 まじまじと私を見ている。

「・・・やるの?」

「はい、お願いします」

「・・・一体どうしたの?」

「夫婦喧嘩で、私、家出中なんです」

 福田店長は、絶句した。



 泊まるところはある。休みも頂いた。これで私は6日間は引きこもれる。

 今回は初めから携帯は切っておくし、大体謎の多い彼女ではなく既に妻なのだから、桑谷さんが本腰入れて私の行方を捜すとは思えなかった。メッセージが「さようなら」だけなら必死になったかも、だけど。頭を冷やしましょう、だしね、と一人で頷きながら、母に指定されたホテルの門を潜った。

 ゆっくりしよう。考えることはたくさんあるんだから。

 それに、妊娠だとわかってからは確かに微熱なのを感じていた。体が熱いし、胸焼けのような不快感が付きまとう。

 今から考えたらストック場で彼に噛み付いたのも、この不快感が原因だったんだと思った。

 カウンターで母の名前を告げると、ちゃんと用意されてて驚いた。しかもまだチェックインの時間でないに関わらず部屋に案内される。


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