女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
母ちゃん、今までどんなホテルライフを?
よく考えなくても私は自分の母親のことをあまり知らないのだ。大体いつでも仕事で海外にいて家にはいない母親だったし、たまにいても一緒にするのはショッピングやお菓子造りではなく護身術の練習や新聞の読み方だった。
何かの質問をすると、答えではなく辞書や本や新聞を渡されたものだった。自分で調べろってことだ。
だけど英語の単語の意味が判らなくて教えてと頼んだ中学2年生の時、英英辞典を渡されたのには困った。・・・これがひける能力がありゃ聞かないっつーの、と思って。
私はそういうところから、人に頼らずに自分で何とかするように躾けられたんだった。
そうか、初めてなんだ。
父が居なくて、母と二人でホテルに泊まるのなんか。
・・・・何を話したらいいんだ。ものすごーく、困った私だった。
都会に作られた緑溢れる公園を見下ろす素敵な部屋で、部屋の電話から実家にかける。
母はもうすぐこちらに着くハズで、父が出るだろうと待機していると、穏やかな父の声が聞こえた。
『はい、小川です』
私は微笑んで声を出す。この、父の声を聞くと安心した。小さな頃から私と一緒にいてくれたのは大学教授である父だった。
「娘です」
『おお、まり。母さんはまだ着いてないのかい?』
のんびりと話す。私は椅子に腰掛けて、そう、母さんはまだなの、と答える。
「彼から電話、あった?」
必死に探すことはないかもしれないけど、私の実家や友達に連絡をすることくらいはするだろうと思ったのだ。
父は苦笑したらしかった。