女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
『あったよ、昼前に。母さんが取ったんだ。桑谷君は何やら謝っていたようだったけど、母さんが、ちっとも真面目に話を聞かずに笑ってるから閉口したみたいだった』
想像してしまった。私の口元も緩む。私が入れた電話の方が早かったんだろう。それで事情を判っていたので、母は笑い転げたのだ。
「あははは。母さんは彼に、何て?」
『えーっと・・・これが結婚生活ってものよ、諦めなさい、とか言ってたぞ。その内に帰るだろうから、ほっとけばいい、とか何とか』
ひゃははははは。この親にしてこの子あり、とか思ったに違いない。その時の、うんざりしたような桑谷さんの顔が想像出来た。
「判った、ありがとう。また電話あっても私の行方は伏せておいてね」
私のお願いに父はまた苦笑して、判った、とだけ言った。でもその後で、まり、と声が続いた。
「はい?」
『・・・彼がお前を大事にしてくれてることは凄く伝わってくる。あまり無体なことせずに、早く帰りなさい』
私は窓の外の公園の緑を見た。
父は昔から、声を荒げて怒ることはしなかった。ただ、静かにゆっくりと、言葉に力を込めて叱ったのだ。
私は大体一発で言うことをきいた。
今、父はその言い方をしている。いきなり出来た息子に同情しているのだろう。だけど、ごめんねお父さん。私は残念ながら、大人になってしまったのです。
「・・・・時期が来たら帰るわ、勿論。だけど今はダメ」
『そうか、判った』
父の声は静かだった。きっと大いに苦笑しているのだ。母さんにそっくりだ、とか思っているに違いない。