女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~


「あはははは」

 つい声に出して笑ってしまったら、こらこら、とたしなめられた。

「笑うな笑うな。あいつはあれで凄いんだぞ。きっとすぐ馴染む」

 ふーん。そうなのか。私は頷いて食事を再開した。

「楽しみにしとこっと」

 彼が椅子にもたれて、それにしても、と呟く。

「良かった~・・・他の百貨店へ移れじゃなくて。今の店4年いるから、もう他店に異動かと思って人事に呼ばれた時緊張した・・・」

 そうだよね・・・。と私も頷く。

 折角職場近くに家も買ったのに、遠くの百貨店勤務になったんじゃ辛いところだ。ところが今度も階が変わるだけで、場所は同じだから基本があまり変わらない。

 それにスポーツ用品店は3階の部長直属になるらしく、責任者からも降りられると喜んでいた。

「・・・責任者外されて喜んでていいの?」

 一応聞いとこう。なんて上昇志向のない男なんだ。そういう地位がない場所への異動だから左遷ではないにせよ、やっぱり、落ちたの?って人に聞かれそうな状況なのに。

 彼は口元だけで笑う。

 これが、桑谷彰人だ、と思うような多分に含みのある笑顔だった。あの冷静な黒い瞳からは感情は読めず、それを細めて更に光を消す。唇の左端だけを少しあげて笑顔を作っていた。

「いいんだ。責任なんてものは呼称がなくても引っ付いてくるもんだし、別に名刺を配らなきゃならない職業でもない。気楽な身分がいい」

 ・・・そうですか。

 私が肩をすくめてビールを飲み干すと、彼が聞いた。

「責任者ってついてる方がいいか?妻の頼みなら俺頑張っちゃうけど?」


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