女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
「もしかして、彼から電話があった?」
すると楠本は、いいや、と答えた。
私はそりゃそうか、と思う。大体桑谷さんはこいつの電話番号を知らないだろう。
『俺がかけた』
「え?」
『ほら、名義変更の話が終わってなかっただろ。あれで俺からお前の家にかけた』
・・・ああ!傘と受話器がなかったら、思わず手をうっているところだ。
そうだそうだ、名義変更まだしてなかったんだった。
こいつの友達だったのもあるし、うちの親が小さい頃から言っていたのもあるしで、大学卒業してから私は自分の保険をいくつか持っている。
それのほとんどを世話したのはこの楠本だ。
私は彼の、数少ない貴重な女性の保険契約者、というわけだ。
そして、この度私も結婚したので、死亡保険金の受取人を親から桑谷さんに変えた。その話をした時の桑谷さんの嫌そうな顔は忘れられない。
俺、金なんて要らないから、いい。彼はそう言ったのだ。
まりが死んで金なんて欲しくないと。
だけどうちの親はもっと要らないのだ。それにお金はないよりあるほうがいいし、これは配偶者って証明にもなるんだよ、と適当に言ったら、その最後の部分が気に入ったらしく、それならと名義変更に同意した。
別に同意は必要ないのだが、受取人が知らないままで保険金が支払われない場合がたくさんあるのだと楠本から聞いていたから、説明したのだ。