女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
ところがその書類に残念ながら一箇所不備があり、手続きがまだ終わってなかったのだ。
それで、楠本が会社から我が家に電話を入れた、と。
『そしたらえらく暗い声の桑谷さんが出て、まりはいないって言うから、俺ふざけてさ、めちゃめちゃ気軽にアイツ家出したんですか~、なんて言っちゃったんだよ。そしたらいきなり本気の声で―――――』
まりがどこにいるか知ってるんですか!?と楠本を問い詰めたらしい。
「あははははは~」
私は噴出した。男二人が電話を挟んで同時に、え?!て驚いているのを想像して。私の笑い声を聞いて電話の向こうで楠本が苦情の大合唱をしている。
『笑い事じゃねえよ!驚いたんだぞ。ってか、本当に何してんだよ、さっさと帰れよ!可哀想なダンナ苛めてないで!』
「てめえにゃ関係ねーよ」
私の一言に、ヤツは唖然としているようだった。
『・・・俺、自分の嫁さんがそんな口きいたら外から鍵のかかる部屋に閉じ込める。更生するまで・・・』
大丈夫だ、あんたの奥さんのトマトちゃんがこんな口汚いわけがない。なんせ、白雪姫なんだぞ。それに、あんたの嫁ではないでしょ、妻だ、妻!
ふん、と私が鼻で嗤ったのもちゃんと聞こえたらしい。
『何があったか知らないけど、家出は大人のすることじゃないだろ?戻って話し合えよ、まり』
あいつのハスキーな声が心配で曇る。楠本は別に心配性な男ではない。きっと、それだけの応答だったのだろう、桑谷さんが。
「・・・まあ、その内に」
そこで、やっとヤツは気付いたらしい。私から電話をかけてきたってことに。