女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~


 何か用か?と聞くから、別に、と答える。

『は?』

 私は流れ出る汗をまた手のひらで拭って、言った。

「暇だったから、空いてたら晩ご飯でも一緒にどうかと思ったの。それだけ」

 楠本は一度黙った。その沈黙は、熟考の証拠だ。

『・・・いいぜ、行こう、晩ご飯。俺、千尋に電話して―――――』

 楠本が言いかけるのに、やっぱりもういい、と被せて断る。

『ああ?』

「私が家出してるの知ってるなら一緒にご飯食べれないでしょう。あんたのことだから、絶対桑谷さんにチクるんでしょ。そんで待ち合わせ場所に行ったら桑谷さんがお怒りモードで立ってるってことになる。そんなのごめんよ、迷惑だわ迷惑。じゃ、トマト・・・じゃなかった、千尋ちゃんに宜しくね」

 そしてバイバイも言わずに受話器を置いた。

 あぶねーあぶねー。ヤツの策略にのって彼に捕まるところだった。

 干からびそうになりながら電話ボックスから逃げ出し、ヨロヨロとホテルまで戻った。

 必要なのは、気のきく男友達なんかじゃなく、水と、冷たい空気と、睡眠。

 あーあ、楠本のバカ野郎。あの感じだときっと弘美にも電話するだろうなあ・・・。もしくは、私の実家。まあどっちも問題なくあしらってくれるとは思うけど。むしろ、弘美も母も笑い飛ばすだろう。あんたには教えない、とか喜んで言いそう・・・。


 正義感が強いのも、問題だぜ、と呟きながら、部屋へ退散した。


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