鋭い彼等のことだから
「本当にその人のこと好きなんだね」




「ん?」




「だってその人の話になるとすごく間抜けな顔をしてるから」




その場の空気がぴたりと止まった。




「……あれ?こういうのはなんて言うんだろう?鼻の下が伸びる?」




少女はうまい表現を最後までひねり出すことはできなかったが、皐月は自分がいかに馬鹿っぽい顔でるりのことを力説していたかを理解することはできた。












          *












 精神科第三診察室。仲河和歌子が担当する診察室である。今の時間は休憩のため、扉には赤文字で昼休みと書かれたプレートがマグネットで貼られていた。診察室の奥はミーティングルームとなっており、ここは第一診察室、第二診察室からも出入りできるようになっている。ミーティングルームはその名の通り会議室ではあるのだが、会議以外の時間では、精神科の医療従事者が休憩室として利用することも多い。休憩中の医師が出前をとってそこで食べたり、看護師同士がお茶をしながら会話したり等、様々な用途で使われていた。


 午前の分の診察も終わり、カルテも整理し終わった和歌子がミーティングルームに向かおうとしたとき、診察室のドアが開いた。




「ごめんなさい、今は……あらぁ?」




ドアを開けたのは、五十代程度の背の高い男性だった。少し癖の入った髪は洒落た感じで、綺麗に整えられている。しかし気だるげな雰囲気は隠せていない。グレーのスリーピーススーツに、紫のネクタイはこの男を象徴させるものだ。




「うふふ……お疲れさまぁ。少し休んでいくぅ?」




「そのために来たんだよ」




落ち着きのあるハスキーボイス。和歌子は男を見て、にこにこと笑う。




「だったら受付のほうから入ってくればいいのにぃ」




ミーティングルームは看護師も利用することがあるため、受付からも出入りできるようになっている。
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