鋭い彼等のことだから
男は怪訝そうに眉をひそめて深いため息をついた。




「受付から入ったら、皐月に会うかもしれないだろ」




「やだぁ。皐月君のこと嫌いなのぉ?素敵な子なのにぃ」




「違う。俺に会ったときのあいつの反応があからさますぎて困るんだよ。それに考えてもみろ。娘の恋人と仲良く会話できるほうがおかしいと思うぞ」




「そぉかしらぁ?」




この男の瞳はまるで猫のように大きく、るりのそれと同じだった。るりの見た目は明らかにこの男の遺伝子によるものである。


 仲河哲は、るりの父親である。そしてるりが家を出た直接的な原因を作ったのも、この男だった。職業はフリーのプロファイラー兼カウンセラー。元FBIの超エリートである。現在は県警の捜査に加わることもあれば、大学で教鞭をとるし、スクールカウンセリング等を行うこともある。頼まれればどこへでもいった。この総合病院では、発達障害の児童のカウンセリングや、その保護者の心理的ケア、家庭教育支援等を頼まれている。頼まれればそれなりに仕事を行うのだが、彼は自分自身仕事大嫌い人間だと自覚していた。忙しそうに見える哲だったが、一日の労働は原則八時間と自分自身でそれを徹底的に守っている。残業があろうが定時には必ず帰ってしまうサラリーマンのように、公私の時間をはっきりさせ、意地でもそれを保とうとする男であった。


 二人はミーティングルームに移動する。この夫婦の仲は非常に良い。歳は十離れている。もちろん哲のほうが上だ。似たような仕事をする二人だからこそ繋がりが強いのかもしれない。




「紅茶入れるわねぇ。ローズがいい?オレンジがいい?」




「なんでそんな無駄におしゃれな紅茶が置いてあるんだ……」




「ブルーベリーもあるよ」




「じゃあそれで」




ミーティングルームの奥には給湯室が存在する。和歌子は給湯室の戸棚をあさる。哲はイスに座って待つことにした。さすがは精神科のミーティングルームということもあって、普通のミーティングルームよりは落ち着ける空間になっている。壁にはところどころ絵画がかけられてあったり、ドライフラワーやラインストーンで装飾されていたりと、ちょっとしたカフェのようになっている。この空間、和歌子の趣味も入っているのではないだろうかと、哲は苦笑する。
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