鋭い彼等のことだから
それはこの前、和歌子にも言われたことだった。




「なんで……ですか」




「まあ皐月がいいなら別にいいんだけど。マラソンと同じだよ。最初から飛ばしてたら後々きついじゃんか。皐月今さ、飛ばしすぎてない?全速力じゃない?」




皐月が、一番厄介だと思っているところは、哲が時たまプライベートなのに的を得たことを言ってくることだ。その度に皐月の胸はざわつく。哲が回りくどい言い方をしても、胸に直接刺さりこんでくる何かを感じずにはいられないのだ。


 哲の言葉に、皐月は答えることはなかった。皐月なりに考えることはあるのかもしれない。それをあえて聞き出してやるほど、やはり哲は優しくなかった。哲は話題を変える。




「そういえばさ、皐月実家に帰らないの?和也も明日夢も最近全然帰ってこないって言ってたけど」




「そうそう。こないだ二人で高橋家にお邪魔したときにね。明日夢お姉さんがおっしゃってたわぁ。るりちゃんもつれてきてもらっていいのにぃって」




和也と明日夢というのは、皐月の両親のことである。仲河家と高橋家はずいぶん昔から親交が深い。祖父母同士が仕事の関係で付き合いがあり、母親同士が姉妹であり、父親同士が幼馴染ということもあって、家族ぐるみで何かをするということはしょっちゅうあった。そのため、皐月は必然的に、るりと保育園から中学まで同じ所に通うことになった。そうなると、今二人が恋人関係となっていることも、必然だったのかもしれない。

 皐月は苦笑しながら二人の言葉に答える。




「いやぁ……るりも実家に帰ってないわけだし。俺ばっかりがじぶんち帰ってもなぁって」




その言葉を聞いて、和歌子は哲を無表情でじっとりと見つめた。バツが悪そうな哲は、紅茶を飲みながら皐月に伝える。




「別にいいだろ。あいつは自分の意思で帰らないって決めてるんだろうから」




哲は心理学の中ではプロで優秀であったが、父親としては劣等生だった。父親として備わっていないものがあったからこそ、るりが家を出て行ったということに哲自身もよく理解していた。娘が恋人と一緒に住んでいることに何の不満も感じないことはないが、それに対して口出しできる立場でないことを重々理解している。家出した子どもに家に帰ることを無理強いさせることが逆効果なのは、哲はもちろん知っている。るりのことについては、和歌子と似たような考えを持って、いい意味で深入りしないように心がけていた。
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