鋭い彼等のことだから
玄関から入った正面はエントランスホールとなっていて、吹抜けと中央階段が目の前を占める。ちなみに二人が乗ってきたエレベーターは、その中央階段の裏側にある通路を、しばらく歩いた先にあるのだ。一階は総合案内所となっており、正面玄関から見て右側に存在する。さすが大きな病院だけあって、それなりに人も多く、診察の終えた患者が、支払いに呼ばれるのを今か今かと待っている。左側には待ち時間に対する配慮のため、図書館を設けている。意外と利用者が多く、哲がこの病院に来る際にはいつも複数人いて、利用者がいないときがないのではないかと思うほどだ。病院の外観も非常に凝ったものとなっていて、どこかの国の御影石を外壁前面に採用しているとのことだった。少しひねくれている哲は、ここで働く医師や看護師はフリーで働いている自分とは違って、かなりの高給取りなのだろうなと、来る度に思う。二人は玄関から外に出た。病院に来る患者の邪魔にならないように玄関から少し離れる。哲が胸ポケットをさすりながら口を開いて、立ち止まる。




「タバコ吸っていい?」




和歌子も、いたずらっぽく笑って立ち止まった。




「ここらへん一帯は禁煙なのよ。残念でしたぁ」




そうか、と軽くため息をついて、両手をスラックスのポケットの中に入れた。


 駐車場は病院から少し離れたところにある。病院の前はちょっとした公園のようになっており、木々や花々が風が吹くたびに揺れていた。哲は少し言葉を選ぶようにゆっくりと声を出す。




「るりは……ちゃんと……病院に来てるのか?」




その質問に和歌子は真面目な顔つきになった。




「……みたいよぉ。担当は私じゃないけど、定期的にちゃんと来てるみたい。声かけてくれたらいいのにねぇ」




「薬は?」




「本人が拒否してるみたいよ」




「そうか」




しばらくの沈黙。思い出したように哲は呟く。




「……明日夢」




突然出てきた名前に、思わず和歌子は混乱する。




「え?何?」




「皐月が実家に帰らない理由」




ああ、と和歌子は納得する。しかし和歌子の予想とは外れていたのか、少し意外そうな顔をした。




「そうなの?私はてっきり樹範くんのことかと……」




「いや、まあもちろんそれもあるだろうけどさ。明日夢って生真面目だしおせっかいなとこあるじゃん。男の子相手に母親がここまで手出ししたらだめってとこまでするだろ。そういうのちょっと皐月にはうざいかなって思うんだよね」




「もーそういうこと言うんじゃありませんよ。生真面目でおせっかいでちょっぴり短気なところが母親としていい働きをすることだってあるんですからね」
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