イジワル同期とスイートライフ
明後日には彼は、新しい部屋で暮らす。

連絡も約束もなしに、一緒にいることができた時間は、もうおしまい。



「そういやこの間片づけに戻ったら、隣の黄色いテープ、なくなっててさ」

「警察の?」

「そう、容疑者っぽい奴も捕まったって、大家情報」



たたんだ下着類を渡すと、枚数を確かめもせずにそれもスーツケースに入れた。

なんだよ、一枚くらい残しておこうよ。



「よかったねえ」

「でも訳あり物件になっちまったわけだろ、借り手探すのも苦労するだろうし、そんな中で出てくの、申し訳ないなって思ってたんだけどさ」



ひと月近くいるうちに、本も増えた。

テーブルと枕元と本棚とに散らばったそれらを集めながら、久住くんが続ける。



「そういう物件を好んで借りるマニアがいるらしい。俺の部屋ももう、次が決まってんだってよ」

「考えられない」

「需要と供給ってやつだよなあ」



経営やマーケティングの本を数冊、スーツケースの下の方に詰めると、部屋からはほとんど彼のものが消えた。

なんだか急に、がらんとして見える。



「よし、終わった」

「明日の夜は、向こうで寝る?」

「そうだな、俺、昼間用事あるから、そのまま家帰るわ」



疲れたらしく、私のいるベッドに上がってくると、ばたんとうつぶせる。

お別れが、覚悟していたよりいきなり半日早まって、私はめげた。

久住くんが特に名残を惜しんでいる様子もないことに、さらにめげた。

夕食くらい、一緒に食べたかった。



「なあ」

「なあに」

「マッサージして」



人の気も知らないでこの野郎、と思いながらも、伸びきった身体にまたがって、肩からほぐしにかかる。

うわ、ガチガチだ。

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