イジワル同期とスイートライフ
幸枝さんのほかには時田(ときた)課長、それからもうひとり、久住くんと並んで座っている男性は、海外企画課の永坂(ながさか)課長だ。

つまり久住くんの上司だ。

私が席につくと、時田さんが確認してきた。



「六条さん、僕が展開したメール見るひまなかったよね」

「はい、すみません、なにかいただいてましたか」



どうやら外出している間に、動きがあったらしい。

議題を把握していないのは私だけのようだった。



「海外企画さんから要望というか、提案をいただいてね、WDMの冒頭で、特約店への挨拶として、本部長にスピーチをしてほしいと、英語で」

「英語で…!」



それは、絶対無理だ。

本部長は、『日本語しかわからん』を豪語してはばからない人だ。


今でこそ全社的に、英語力が昇進の条件になっているけれど、昔は違った。

英語の試験を逃れて上まで昇った人に、英語が苦手な人は多い。

特に国内事業本部は、海外事業そのものにアレルギーがある。

その象徴である英語を、人前で喋らされるなんて、屈辱以外の何物でもない。



「海外の特約店が一斉に集まる、初めての機会です。現状では、会議の冒頭はMCの簡単な挨拶で始まるとありますが、我々としてはもう少し形が欲しいのです」



永坂さんが、柔らかな口調ながらも、きっぱりと言う。

時田課長と同世代だろうか。

フレンドリーに見えて抜け目のなさそうな物腰が、久住くんと共通している。


私は手元の資料でタイムテーブルを確認した。

20分ほどであれば、スピーチを追加すること自体は、可能だ。



「同時通訳では、ダメなんでしょうか。スピーチの場には国内の特約店もいることになります。半数以上が彼らなのに、あえて英語というのは」

「海外の特約店を呼ぼうと言っていただいたのは、その国内の方々に対し、我々はグローバル企業であり、世界を見て動く必要があることを知ってもらいたいから、でしたよね」



逃げ道を封じるように、ぴしゃりと言ったのは、久住くんだ。

確かに私たちの課はそう説明して、久住くんたちの課の協力を仰いだ。

でもそれは、あくまで大目的であって。

方便だったとまでは言いたくないけれど、そのためならなんでもできるかと言ったら、そうじゃなくて。

…こんな提案したら、本部長がどれだけ激昂するか、目に見える。

< 115 / 205 >

この作品をシェア

pagetop