イジワル同期とスイートライフ
部屋を暗くしてからも、頭の中をぐるぐると、答えのない問いが回った。

素直ってなに。

素直ならなんでも許されるの?

素直とわがままの境い目って、どこ?


 * * *


『修正したマニュアルをお送りしました。メールご確認ください』

「えっ、もうですか、早い」

『来週ご説明でしょう? そのときにあったほうがいいかと思い』



助かるなんてものじゃない。

須加さんからのメールを開き、お礼を言って電話を終えようとしたところで『お誘いなんですが』と切り出され、どきっとした。



『ご説明が終わるまではそれどころじゃないでしょうから、その日の夜とかいかがですか。食べたいものリクエストしてもらえるとありがたいです』



受話器を持つ手に、力が入った。

まあでも別に、代理店の営業さんと飲みに行くなんて、珍しくもない。



「寒くなってきたので、お鍋とか」

『モツ食べられます?』

「大丈夫なんですけど、実はあんまり経験ないです」

『任せてください』



私の腰が引けていることに、気づいているんだろうなと思った。

それも含めての『任せてください』なんだろうなと。

案件の途中でもある今、気まずい着地は絶対にさせませんから、と。

それがわかると少し気が楽になって、私は「楽しみです」と正直に伝えて受話器を置いた。



駅に向かう雑踏の中に、久住くんの背中を見つけた。

距離があるので、私の足では追いつくのは難しいだろうとあきらめていたら、彼の通ろうとした改札が少し先で不調を起こし、数名がこちらの列に合流してきた。



「すみません…あれっ」

「お疲れさま」

「よお、お疲れ」



会ってしまった。

並んで歩くでもなく、なんとなく同じ流れに乗ってホームを目指す。



「悪いな、いろいろ」



ふいに久住くんが、すまなそうに肩をすくめた。

えっ、いろいろって。



「あ、…ううん、平気」

「そか」

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