イジワル同期とスイートライフ
あれ、私、なんのこと言われたのかもわからないのに、平気とか言ったよ…。

真意を聞きたいとか、私の話も聞いてほしいとか、それこそいろいろあるのに、そんな曖昧な片づけ方してしまったら、もう持ち出せもしない。

"蒸し返す"って言うんだよね、そういうの。


うまく誘導したのか、本気でこれで済んだと思っているのか、久住くんはなにも言わずホームに入り、途中で「じゃあな」と私を置いて先に行った。

彼の駅の出口は、ホームの一番奥にあるからだ。



「うん…」



手を振ろうとして、衝動に襲われた。

嫌だ。

離れたくない。

とっさに彼のスーツの裾を掴んでいた。



「あの、今から、へ、部屋行ってもいい?」



足を止めた久住くんは、びっくりした顔をしながらもうなずく。



「いいよ」

「泊まっていい…?」



それだけは避けたかったのに、結局、すがるような声になった。

最悪。

こんなの、脅迫でしょ。



「…いいよ」



ごめん、言わせた。

いっそ撤回しようかと、みじめな気分になって、スーツを離す。


その手を握られた。


顔を上げたときには、久住くんはもう歩きだしていて、表情は見えなかった。

指を絡めるでもない、こっちだよ、って導くためだけみたいに繋いだ手。


ねえどうして、こんなことするの。

会社の駅だよ、誰か見ているかもしれないよ。


ねえ、気づいてるよね。

私たち、手を繋いで歩くの、初めてなんだよ。

一緒に出かけはしても、そんなこと一度だってしなかった。

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