イジワル同期とスイートライフ
パズル
フロアの一角から、怒鳴り声が聞こえてきた。

本部長席のあたりだ。



「それで、その要求を呑んだのか!」

「同じ商品であれば、今は海外で売ったほうが利益が多いという判断です」

「そんなこと言われんでもわかってる。俺たちが訴えるべきは、国内市場の安定性だ。海外への優先的な供給が常態になったら、それが崩れるんだぞ」



恫喝されているのは、営業一課長だ。

机を叩く音に、フロア全員がすくみ上がった。


なんだかんだ、言っていることは冷静だから、また恐ろしい。

あの人に、無茶な要望を突きつけなくてはならないのだ。

胃が痛い。


 * * *


「花香史上、最悪の事態が勃発しまして…」



運営会議に現れた花香さんが、ひとまわりしぼんでいたので、心配になって会議後に声をかけたら、聞き取れないくらいの声でそう言った。



「いったいなにが…」

「指輪なくしました」

「えっ!」



食堂の片隅で、思わず大声をあげてしまい、口を押さえる。

指輪って…。



「婚約指輪のことですよね」

「そうじゃなかったらどれだけよかったか…」



もう、この場で命が尽きてしまいそうな感じだ。

この間もらった指輪を、もうなくすって、それは確かに一大事どころじゃない。

心中が察せられて余りあるだけに、私も一緒にうろたえた。



「心あたりは全部さらったんです、自宅はもちろん、会社だってカーペット引っぺがす勢いで、入れるところ全部探して」

「駅とかは」

「届けは出しましたが、拾われてはいないそうです」



うわーん、と花香さんがテーブルに伏せて泣きだした。



「やっぱり私には婚約なんて過ぎた幸せだったんです。いまだに彼にも本当のところ言えてません。こんなんじゃ結婚だってうまくいくはずない」

「悲観的になりすぎですよ、大丈夫、見つかるって信じて探しましょう」

「もう探すところないくらい探したんですってばあ!」



悲痛な叫び声をあげて泣き崩れる彼女に、私はおろおろするばかりだった。

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