イジワル同期とスイートライフ
負け惜しみでもやせ我慢でもない、たぶん。

実際、なにがあったわけでもない。

少なくとも久住の理解している限りでは。


歯切れの悪い返事で通話を終えた。

引っ越しを済ますと、少し心が整理できた。

久し振りの自分の部屋、とはいえまったく慣れない部屋ではあるものの、家具は学生時代から使っている愛着のあるものたちで、囲まれていると落ち着く。

しばらく酷使が続いた自制心を、ここらで休めてやろうと思った。


けれど、物足りなくはある。

ベッドに寝転んで、どうもスペースが余ってスカスカするなと身じろぎした。


気づけば一ヶ月も六条と暮らしていた。

出張を除けば毎晩狭いシングルで一緒に寝ていたのだ、感覚も狂う。

そんなに長いこと、嫌がりもせず久住を泊めた六条も六条だ。

親切というか、流されやすいというか。

押しかけた自分を棚に上げて、そんなことを考えた。


ふとデスクの上に、見慣れないものが載っているのに気がついた。

ベッドから手を伸ばすと、柔らかい感触。

六条が、髪を結ぶのに使っていたやつだ。


茶色の、丸まったハンカチみたいなそれを手でもてあそびながら、ぼんやりと思考を巡らせた。

六条の働き方は、もったいない。

いい仕事をしているのに、控えめすぎて、見る目がない奴には気づかれない。

彼女に、国内と海外両部門の、懸け橋のような存在になってほしいというのが、最近はっきりしてきた久住の希望だった。



『正攻法でやっても、のらりくらりかわされるだけだと思うんですよね』

『だろうね、向こうはまだ遺恨にまみれてるからなあ』



同じような目論見を持っていた永坂とも、相談を始めていた。

風穴を開けてやる必要がある。

WDMの仕事があるうちに、それにかこつけて動くのがいい。


あとは、六条を最初からこちら側に巻き込むか、彼女にも爆弾をぶつけるかだが、まあ、せっかくならぶつけたい。

部署対部署という構図においてはそのほうがきれいだし、六条ならこちらの意図もすぐに察するだろう。


そろそろ動きどきかな。

そう考えながら、引っ越しの疲れが誘い出した睡魔の誘惑に、身を委ねることにして目を閉じた。

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