イジワル同期とスイートライフ
好き。

このくらいの歳になると、その言葉は使い勝手が悪くなってくる。

興味はある、尊敬している、かっこいいと思う、悪くない。

こんな感じの表現じゃないと、どうも自分の気持ちにぴったりしない。


好き、なんて、大きすぎて。

曖昧すぎて、おおざっぱすぎて、まぶしすぎて、うかつに口にできない。

大人になるというのは、語彙を広げた分だけ、臆病になることを言う。

の、かもしれない。





「もう少し、話のレイヤーをそろえたいかなと。かたや現場の話、かたや経営の話だと、広がりすぎで」

「それ、こっちも懸念しているんです、ただ海外の特約店は規模が小さいので、社長がマーケティングマネジャーを兼任してたりするところが多くて」

「国内の特約店は、だいたいが部長クラスの人が来ます。市場調査、プロモーション、サービス、といった各部門の統括者が活用できる情報がベストです」

「ですね、なるほど」



向井さんがうなずき、机に置いてあった携帯を取り上げた。



「久住、ごめんな打ち合わせ中。悪いんだけど、こっち来るまでに事例のデータ探しといて、そうだな…」



コンコンとペンで手帳を叩きながら思案する。

私より3年上で、久住くんと同じ企画課に属する人だ。

各市場ごとに担当者を持つ営業課の営業員と一緒に、世界中を飛び回っている。



「ノルウェーのがいいかな、フラグシップストアの…あ、マジで?」



向井さんがPCを覗いた。

ちょうど壁のディスプレイに繋がれていたそのPCに、すぐに久住くんからのメールが届いたのが、全員に見える。

本文にはサーバのパスが貼られていた。

クリックすると、事例の資料が表れる。



「ほんと使える奴だなあ」



向井さんのもらした独り言に、そうでしょ、と自慢したいような気分になり、慌ててそんな自分を戒めた。


< 30 / 205 >

この作品をシェア

pagetop