イジワル同期とスイートライフ
気がつくと終電の時刻を過ぎていた。

タクシーに相乗りすることにして、家の近い私が先に降りるはずだったのが、車内でちょっと事情が変わった。


後席に並んで、話の続きをするうち、互いの手が触れた。

それは座席の上で指の背中同士が偶然ぶつかっただけの、ごく軽い触れ合いだったんだけど、ふたりとも一瞬、会話が止まった。

だけど手を引っ込めることは、どちらもしなかった。



『あ、そこ右折で、最初の信号の手前で停めてください』



私が運転士さんに伝えたとき、久住くんの指がわずかに動き、私の指と絡んだ。

彼の指が乾いていて、熱かったのをはっきり覚えている。

私たちは一緒に降り、タクシーが走り去る前に最初のキスをしていた。

あとはもう、説明するまでもない。



「勢いってほど勢いもなかったよなあ」

「謎としか言いようがないよね」

「俺、しばらく彼女とかいないし、溜まってたのかも」

「そんな感じもしなかったけど…」

「そうか…」



運ばれてきた定食を前に、ふたりで考え込んでしまう。

何度も言うけれど、後悔しているわけじゃない。

純粋に「なんで私たちが?」なのだ。

飲みながら際どい話をしたわけでもない。

プライベートの話すらほとんどせず、話題は終始、仕事のことだった。



「あとさあ、なんていうか、俺的にすげえ意外だったんだけど」

「なに?」



野菜炒めを食べながら、久住くんが珍しく言葉を濁し、首の後ろをかく。

その顔が、ちょっと気まずそうに私を見た。



「お前、Mっ気あるのな」

「えっ…あ!」



私はお茶碗を取り落とし、お味噌汁をひっくり返しそうになった。

慌てて紙ナプキンを取って、こぼれたおつゆを拭く。



「なに動揺してんだよ」

「だって、久住くんこそかなり、なんていうか、あれで、私、驚いたんだけど」

「俺は普通だよ、ゆうべは六条に触発されて、あんな役回りになっちまっただけで」

「でも私は別に、そんなことないよ」

「あれで?」

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